2chMCスレッド

2chの「MC・催眠系総合スレ」をまとめてます。(作りかけだから見にくい)
「不完全催眠術」 - 2chMCスレッド | 彩民のMC小説

「不完全催眠術」

「俺もう帰るわ。後お願い」
「あ、俺も帰る」
「あー、私も帰るー。誰か残る?」
「私待ってますよ」
「俺も一応残るわ」
「んじゃ、あと頼むわ。また新学期~」
「また新学期~」
「んじゃ頑張ってー」
 一人が帰り出すと、それをきっかけにぞろぞろと図書委員達は帰りだした。
 残ったのは和弘と恵理香の二人だけだ。もっとも和弘の方は、恵理香と一緒にいたいから残っただけだから、真面目に残ったのは恵理香だけである。
「関根くんは帰らないの?」
「特に用事ないからなあ。石井さんは?」
「誰かが残ってないと」
「俺、特に用事無いから残ってるよ?」
「いいよ。本でも読んで待ってるから」
(……良かった……)
 恵理香の言葉に、和弘は密かに安堵した。これで恵理香に帰られたら、ろくに空調が効いていない図書室で汗だくになりながら、ぽつんと司書の先生が戻ってくるのを待つはめになるところだ。
「どうせだし、司書室の方で待ってようぜ。扇風機あるし」
「そうだね」
 恵理香は適当に抜き出した本を抱え、和弘の方はまだしも面白そうな民話の本を持って司書室に引っ込んだ。椅子に座り、扇風機で涼みながら司書の先生の帰りを待つ。
(しかし、あっついなあ)
 和弘は持ってきた水筒の麦茶を飲み、汗を拭いた。二リットル入りの麦茶はもう半分しか残っていない。
 恵理香も暑いのだろう、本を読みながら時折汗を拭き、胸元を緩めている。
(おお、ブラがすけとる……)
 視線に気づいたのか、恵理香が本から目を上げた。和弘は慌てて目を伏せ、熱心に本を読んでいる振りをする。
 石井恵理香は愛想のいい方ではない。きりっとした顔立ちのため、男女のどちらからもそこそこ人気があるが、あくまで少し離れた場所から見た場合の人気だ。
 暇な時間のほとんどは本を読み、他の人が近くに来ることを拒絶するような雰囲気がある。そのため、誰が見ても美人だと思える顔立ちなのに、近づこうとする男子がほとんどいない。
 和弘はその例外であり、唯一の例外である。機会を見つけては距離を縮めようと画策しているのだが、今のところ芳しい結果は出せていない。
 誘っても誘っても断られるが、かといって避けられるわけでもないし露骨に拒絶されるわけでもない。
(嫌われているわけじゃなさそうだし、気長にやるかなあ)
 そう思い、本から視線を上げると、恵理香と目があった。
「関根くんさ、催眠術って出来ると思う?」
「えー、何、急に」
「いやあ、扇風機がぐるぐる回るのを見てて、ふと思っただけ」
「あー……こう暑いと出来そうな気もするね。頭はったらかねえもん」
「本当、暑いね」
 恵理香はそう言うと、再び本に視線を落とした。
「何? 催眠術に興味あるの?」
「持ってきた本に催眠術の本があっただけ」
「試すんなら協力しようか?」
 恵理香が顔を上げ、身を乗り出した。
「いいの?」
「いいよ。暇だし。ってか暑くて読んでても内容が頭に入ってこないし」
 もともと和弘はそこまで多読家ではない。恵理香が図書委員になったので、追いかけて図書委員になっただけだ。恵理香が催眠術をかけられるとは思っていないが、とにかく話すきっかけになるならどうでもいいことだ。
「じゃあ……椅子、こっち向いて、扇風機をじっと見てみて……身体の力を抜いてー……意識を扇風機に集中してください。肩の力を抜いてー……息はゆっくり、深ーく……頭がぼんやりしてきます」
 和弘は言われるまま、身体の力を抜いていった。
(あー、少しぼんやりしてきたかな。最近よく眠れてないからなあ……それにしても声だけ聞くと、石井さん、可愛い声してんだなあ……)
 頭の片隅でそんなことを考える。扇風機の風も生ぬるい。
「だんだん眠くなります。眠くなーる、眠くなーる。身体の力が抜けています。力が入らないでしょう?」
 返事代わりに和弘はうなずき、ふわっとあくびをした。
「それじゃあ、質問をします。あなたの名前は何ですか?」
「関根、和弘」
「性別は?」
「男」
「クラスは?」
「一年C組」
 そう言った簡単な質問がいくつも続いた。和弘の方は眠気で頭がぼんやりとし、返事をするのも気だるい。ぶぉぉぉ……という古びた扇風機の音がやけに大きく聞こえる。
「そうですね、どうしましょう……」
 ごくり、と恵理香が緊張したように唾を呑むのが聞こえた。
「それじゃあ……あなたは私にアイスをごちそうしたくなります」
「はい」
「あなたは石井恵理香にアイスをおごりたいです。いいですね?」
(アイスかあ)
 ぼんやりとそう思いながら、和弘は頷いた。
「じゃあ、あたしが手を叩いたら、あなたは催眠が解けます。催眠術にかかっていたときのことはすっかり忘れてしまって、覚えていません。いいですねー?」
「……はい」
「じゃあ手を叩きます。叩いたら、あなたは催眠術から目覚めます。……いーち、にーの……」
 ぱんっ、と恵理香が手を叩いた。
 和弘は数度目をしばばたかせてから目を開く。身体の力が抜けて、やけにだるい。恵理香が興味深げに顔をのぞき込んだ。
「……どう?」
「んん……よく分からん。ちょっとうとうとしちゃったけど、寝不足だしな。ってか名前とか聞いてどうするんだよ」
 和弘は苦笑いを浮かべ、動揺を隠した。恵理香の顔がこれだけ近くにあるのは、初めてだ。
「あれも催眠術の一環なの。そうか、掛からなかったか」
「うとうとはしたけどな。ちょっと今度は逆にしてやってみようぜ」
「え?」
「はい、じゃあ扇風機をみてー」
 そう言って和弘が扇風機の向きを変える。恵理香は少し戸惑ったような素振りを見せたが、まあいいか、というように回転する扇風機に向き直った。
「それじゃあ、力を抜いてくださーい。大きく息をすってー……吐いて……」
 和弘に催眠術の知識はほとんどない。さっきまで自分に対して行われた事をそのまま真似するだけだ。身体の力を抜くように促し、意識がぼんやりしてくる、と繰り返し言い続ける。
「さあ、頭がぼうっとしてきまーす……眠かったら目をつぶっちゃってもいいですよー」
「はぃ……」
 眠そうな、小さな声で恵理香が応える。本当に眠くなってきたのだろう、瞬きが頻繁になり、やがて諦めたように目が閉ざされた。時折びくっと肘が曲がり、手が跳ねる。
「さあ、あなたは催眠術にかかりました。眠いですねー。でも眠っちゃだめですよー……あなたは聞かれたことには正直に答えてしまいます。いいですねー?」
「はぃ……」
「あなたの名前は何ですかー?」
「石井恵理香」
「女性ですかー?」
「はい」
「クラスはどこですか?」
「一年C組……」
「誕生日はー?」
「六月十五日」
(……これ、催眠術かかってるんじゃないかな?)
 恵理香の声は眠そうで、言葉に感情がこもっていなかった。
「住んでいるところはどこですか?」
「徳元が原、二十二の六の、七〇五号室」
「徳元が原で二十二っていうと、新川橋の向こうですか?」
「はい」
「へえ、近いですね。あの辺りだと、通学は自転車ですか?」
「はい」
「眠そうですねー。眠いですか?」
「はい」
「昨日は何時頃に寝たんですか?」
「じゅう、にじ」
「……そんなでもないですね。起きたのは?」
「くじ、はん」
「じゃあ、九時間睡眠ですか」
「……いいえ」
 恵理香は小さくうなり、そう言った。はて、と和弘は首を傾げる。
「あんまり眠れなかったんですか?」
「はい」
「暑いですからねえ」
「はい……」
「実際に眠ったのは何時頃ですか?」
「さんじ、はんぐらい」
「それは遅いですねー。それまでは寝たり起きたり?」
「……んんぅ?」
 恵理香はそううなり声を上げた。
(あ、これは判断力鈍ってるな)
「三時半までは、何をしてましたかー?」
「一度寝て、暑くて、起きて、シャワーを浴びて……ん……」
「……シャワーを浴びて?」
「シャワーを浴びて……お、おなにーして、また寝て……」
「……何をしたんですって?」
「おなにー、です」
 恵理香はそう言いながら、苦しげな息をしていた。
「オナニーですか。オナニーしてたんですか」
「……はい……」
 言いにくそうに、しかしはっきりと恵理香はそう言って頷いた。和弘は思わず唾を呑むと、水筒から麦茶を注ぎ、口を湿らせる。
 緊張と興奮とで手が汗ばんでいた。
(オナニー、してたのか)
 椅子の上でぐったりとしている恵理香の姿に、下着の中に手を入れ、自慰行為にふけっている姿が重なる。
(これは、マジで催眠術がかかっているのか?)
「オナニーは、時々するんですか?」
「はい……」
「週に、何回ぐらい?」
「んん……一回か、二回。でも……」
「でも?」
「時々、一日に、何回か……」
 和弘はもう一杯麦茶を飲み、腕時計をみた。司書の先生はだいぶ遅れているが、いい加減戻ってこなければおかしい時間だ。
(何かする時間はないな。それに、このまま催眠解いたら……まずい)
 自慰行為について告白させられた、となると、恵理香に嫌われるのは目に見えている。
 和弘は大きく息をついて、気分を落ち着かせた。恵理香が小さくうめき、身じろぎをする。息がどこか苦しげだ。
「大丈夫ですか? 落ち着いて、ゆっくり息をしてください」
「喉……かわいた」
「ああ、麦茶、飲みたいですか?」
「はい、飲みたいです」
 和弘は水筒のコップに麦茶を注ぐと恵理香に差し出した。目を閉じているせいもあってか、恵理香の反応は鈍い。和弘が口元にコップを寄せて、ようやく恵理香は身を乗り出して麦茶をすすり出す。
 恵理香はあっという間に一杯目を飲み干した。和弘が二杯目を注ぐと、それも飲み干す。
 三杯目で飲むペースが遅くなり、途中で飲むのをやめるてため息をついた。
(おお、間接キス!)
 思わず和弘はぐっと手を握ると、恵理香の飲み残しを味わって飲む。水筒の麦茶はすこし温くなっていたが、和弘は幸せな気分でため息をついた。
(さてと)
 恵理香に麦茶を飲ませている間に、考えはまとまった。
「さあ、恵理香さんは催眠術に掛かっています」
「はい……」
「私が手を叩くと、催眠術は解けて、ぱっと目が覚めます。だけど催眠術に掛かっていたときのことは全部忘れて、思い出すことが出来ません」
「はい……」
「さあ、私が手を叩くとどうなりますか-?」
「さいみんじゅつが、とけます」
「催眠術が解けると、催眠術が掛かっていたときのことは、どうなりますか-?」
「ぜんぶ、わすちゃいます」
「はい、そうです。ぜーんぶ忘れてしまいますねー……全部忘れてしまいますけど、もう一度催眠術を掛けて欲しくなります」
「もう一度、催眠術を掛けて欲しく……んっ!」
 恵理香が苦しげにうめくと、身をよじった。
「大丈夫ですか? 喉が渇きましたか?」
 和弘の言葉に、恵理香は弱々しく首を横に振った。
「……おしっこ、いきたい」
「うえぇえ!? はい、はい」
 唐突な言葉に、和弘は思わず頓狂な声を上げた。助けを求めるように周囲を見まわすが、司書室にいるのは和弘と恵理香だけだ。
「はい、はい! トイレですかー。じゃ、トイレに行きましょうねー。はい、立ってくださーい。立てますかー?」
「……ううぅん……」
 恵理香は身体を震わせたが、椅子に座ったまま動こうとしない。
「……どうしましたー? 大丈夫ですかー?」
 恵理香はそれに答えず、椅子の上で身じろぎするだけだった。動こうとしないと言うより、身体の方が動かないようだった。
(おいいいっ!! ど、どうしろって!?)
 恵理香の脚が、尿意をこらえるようにきゅっと力が込められた。苦しそうな声があがる。
(ど、どうする!? 抱えていくか!?)
 校舎の構造を思い出す。一番近いトイレでも、図書室の入り口から教室四つ分は離れている。普通に走っても近い場所ではない。まして、抱えて間に合うような距離ではない。
(ええい、とすると……)
 和弘は数秒ためらうが、切迫した様子に後押しされる。
「じゃあ、腰を前に出してください。ずるーっと身体を沈める感じで……そう、そう」
 和弘に促されるまま、恵理香の身体が椅子の上に寝そべった。腰がずっと前に突き出される。恵理香のスカートをまくりあげると、地味なベージュ色のパンツが露わになる。
 お世辞にも可愛らしいとは言えない下着に手をかけ、和弘は一瞬手を止めた。
「ぬ、脱がしますよー」
「はい……っ」
 和弘の声は緊張でかすれ、恵理香の声は尿意を耐えるあまりに苦しげに強ばっていた。
 一気に下着をおろす。恵理香のそこは汗ばみ、暗い色の茂みがべったりと肌に張り付いていた。籠もった汗の匂いが和弘の鼻先に立ち上る。
 和弘はごくりと唾を飲むと、恵理香の脚の間に水筒をあてがった。
「はい、大丈夫ですよー……じゃあおしっこしてくださーい」
「はい……」
 恵理香がそう言ってから、五、六秒ほど間が開いた。ちょろろ、と飛沫状の尿が和弘の手を温かく濡らし、和弘は慌てて水筒の位置を直す。
 すこしだけ残っていた麦茶に、恵理香の尿が注がれ、ちょぽぽぽ……という水音が司書室に響いた。水音に混じり、恵理香がふぅう……と、長々とした息を吐く。
(……そう言えば、催眠術解けばよかったのか)
 尿の匂いと音を感じながら、和弘はそう思った。水音は徐々に弱まり、やがて止まる。
 終わりを告げるように、恵理香がぶるるっと身体を震わせた。
「石井さん、アイス食う?」
「あー……どうしようかな」
「おごるぞ」
 恵理香は少し驚いたような顔で和弘の顔をまじまじと見つめた。催眠術の暗示が効いているのか、それとは関係なくおごることにしたのか、判断がつきかねているのだろう。
「……ハーゲンダッツでもいい?」
「……まあ、いいよ」
「そうか、じゃあおごられよう。悪いな」
「お気になさらず」
 司書の先生が戻ってきたのは、和弘が色々な後始末を終えた五分ぐらい後のことだった。
 記憶を消したり、また催眠術をかけられたいという暗示をかけたりしておいたが、それがどれぐらい効果があるかは分からない。
(多分、覚えていないんだろうけど……)
 催眠術に掛かっていなければオナニーの告白をしたり放尿したりはしないだろうし、記憶が残ってたら、いくら方向が同じでも一緒に帰ったりはしないだろう。
「そう言えば関根くんって、家どこ?」
「徳元が原だけど?」
「お、あたしもだ。徳元が原のどこ?」
「新川の側、橋の手前側。恵比寿台の駅通りまっすぐ行ったところの、セブンイレブンの斜交いにあるマンション」
「あー、わかるわかる。何だ、結構近いな。あたしはそこの橋渡った向こう側だわ。橋向こうのバス停の手前にある茶色いマンション」
「そうなんだ。近いな。じゃあ家まで送るわ」
 まるで初めて聞いたようなふりをして、和弘はそう言った。
「遠慮しとく。図書館寄るから」
「そっか。蓮沼図書館?」
「いや、左に曲がって徳元が原図書館まで」
「そっか。気をつけてね」
「おうさ。アイスごちそうさま」
 交差点で別れると和弘は図書館へ向かい、催眠術やマインドコントロールに関する図書を片っ端から借りだした。
 大判中判合わせて八冊も本を詰め込まれ、口が閉じなくなったバッグを抱えて家に帰り、次の日からは近隣の図書館や隣接する区立図書館を周った。
 和弘はその後の夏休みを、催眠術を調べて過ごした。そして、その知識を用いる機会は意外に早く訪れた。
「あれ? 今日当番だっけ?」
 図書室のカウンターに座っている恵理香を見て、和弘は首を傾げた。
 夏休みはとっくに終わり、水筒でおしっこを受けたのも半月ほど前のことだ。
「本当は違うんだけどね。今日はほら、アレだから。バス止まる前に帰りたいって言うんで交代したの」
 恵理香が窓の外に目を向けた。天気予報では、台風が来るのは夜になるということだったが、多くの生徒は大事をとって早めに下校している。
「そっか、石井さんは近場だっけ」
「近場って言っても橋向こうだけどね。ま、最悪歩いて帰れる距離だから」
「そうだね」
 和弘は椅子に座り、さりげなく図書室を見回した。
 普段から人気がない図書室だが、今日は台風が接近中と言うこともあってか、利用者は和弘だけだ。
 内心の緊張を隠しながら、和弘は本棚を眺めて回った。興味を引くような本はまったくない。
「関根君」
「はいっ!?」
「……いや、何か面白そうな本あったかなと思って」
「いやー、ないなー。見事にないな。せめて小説ぐらいもうちょっと人気の出そうなのをおけばいいのに」
「先生の趣味なんだろうね。プロレタリアート文学なんて、誰が読むんだ」
「そんなの読みたければ図書館行くって話だよな」
「そして区立図書館より品ぞろえのいい高校図書室。絶対方向性間違ってよね。そう言えばさ-、この間のことだけど」
「この間?」
「先月の登校日の、催眠術。もっぺん試してみない?」
 恵理香の申し出に、和弘の心臓がドクンと高鳴った。
「いいけど」
 内心の興奮を押し隠し、和弘はそれほど関心がないふりをしながらそう言った。
「でもやるならさあ、この間は俺からだったから、今度は石井さんからでやってみよう」
「えー……ま、いいよ」
「それじゃまあ、適当なところに座って……司書室の方がいいか?」
「んー……そうだね」
 この時間のこの天気では、これ以上利用者が訪れることもないと判断したのか、恵理香はそう頷くと司書室の扉を開けた。
「さあ、大きく息をすって……力を抜いて……意識がだんだん沈み込んでいきます……あなたの名前は……? 身体に力が入りません……」
 基本的に前と同じ事を、より慎重に、注意深く進めていく。恵理香の息が深く、ゆっくりとしたものになり、居眠りをしているような動きになっていく。
(よーし、大丈夫そうだな)
「さあ、催眠術にかかりました……あなたは私の命令にしたがってしまいます」
「はい……」
「さあ、いくつか質問しますよー。あなたはそれに正直に答えます」
「はい」
「あなたの名前は何と言いますか?」
「……いしい、えりか……」
 和弘は名前や誕生日など、当たり障りのない質問を繰り返した。
 催眠にかけるための質問ではない。恵理香の心の中に、質問に素直に答えるという動きをつけるための質問だ。
「あなたの名前は石井恵理香ですかー?」
「はい……」
「あなたは催眠術に掛かっていますかー?」
「はい……」
「それじゃあ、『はい、催眠術に掛かっています』って感じに答えてみましょう。……はい、言ってみてくださーい」
「はい……わたしはさいみんじつにかかってます」
 ぼんやりとした恵理香の声を聞き、和弘は自分が興奮してきているのを感じていた。
(よーし、いける。ここまで来れば、行ける!)
 興奮で喉が渇いてくるのを感じる。
「催眠術に掛かっていると、私の命令を何でも聞いてしまいますねー?」
「はい……なんでもきいてしまいます」
「それじゃあ、どんな命令をされると思いますかー?」
「めーれー、えっと……?」
「ゆっくりでいいですよー……恵理香さんには、催眠術が掛かってますよー」
「はい……さいみんじつがかかってます」
「催眠術がかかったら、どんなことをさせられますか-?」
「……えっちなこと、させられると思います」
「えっちなことですかー……」
「はい……えっちなことです」
「そうですね、えっちなことをさせられますねー……どんなエッチなことをさせられると思いますかー?」
 恵理香の顔がわずかに顔をしかめ、言葉に迷うような口調になった。
「んん……ふくを、ぬがされたり……とか……」
「そうですねー。服を脱がされてしまいますね。他にはどんなことをされると思いますかー?」
 和弘は催眠状態に陥った恵理香の意識はから、連想される言葉を引っ張りだしていく。
「しゃしん、とられたりとか……」
「しゃしんですかー。どんな写真ですかー?」
「えっちな、写真です」
「えっちな写真ですかー。どんな写真でしょう?」
「はだかの、しゃしんとか。お、おなにーしてるしゃしん、とか……」
「なるほど、裸の写真とか、オナニーしてる写真とかを撮られてしまうんですねー?」
「はい……はだかのさしんとか、おなにーのさしん、とられます……」
「写真を撮られて、他にはどんなことをされてしまうと思いますか?」
「とられて……とられたら……」
「とられたら?」
「きょーはく、されると思います」
「なるほど、脅迫ですか。どんなことを脅迫されると思いますか?」
「しゃしんを、ばらまく、とか……」
(あー、質問を間違ったな)
「そうですねー。写真をばらまくって脅されちゃいますねー。それで、どんなことを命令されると思いますか?」
「……えっちな、こととか……」
「そうですねー。エッチなことを命令されちゃいますねー」
(堂々巡りになりそうだな。ま、ここまで引き出せれば十分か。とりあえず、エロい命令を受ける心の準備が出来たはず……)
「さあ、身体の力を抜いてください……息を吸ってー……はいてー……石井さんは、催眠術をかけてもらいましたねー?」
「はい……」
「それじゃあ、言ってみましょう。『はい、催眠術をかけてもらいました』」
「はい、さいみんじつをかけてもらいました」
「石井さんは、催眠術をかけてもらいましたねー?」
「……はい、さいみんじゅつをかけてもらいました……」
「さあ、続けていきますよー……催眠術をかけられると、エッチなことをされてしまいますねー」
「はい……さいみんじつをかけられると、えっちなことをされてまいます」
「エッチな写真を撮られて、脅迫もされてしまいますねー?」
「はい……えっちなさしんをとられて、きょうはくされていまいます」
「さあ、息をゆっくり吸ってー……吐いてー……力がぐたーっと抜けていきます」
「はい……ちからがくたーっ、と、ぬけてきます……」
「恵理香さんは、催眠術をかけてもらいましたねー?」
 念入りに、恵理香が催眠術を望んだということを念押ししていく。
「はい、さいみんじつをかけてもらいました」
「エッチな命令をされるけど、催眠術を掛けてもらいましたね?」
「はい……エッチな命令をされるけど、さいみんじつをかけてもらいました」
「エッチな命令をされるつもりで、催眠術を掛けてもらったんですね?」
「……えっと……? はい……? はい。えっちなめーれーをされるつもりで……さいみんじつ、かけてもらいました」
「えっちな命令をして欲しかったんですね?」
「はい、えっちなめーれー、してほしかったです」
「なるほどー……つまり、えっちなことをして欲しかったんですね」
「はい……えっちなこと、してほしかったです」
「それじゃ、言ってみましょう。私は、エッチなことをして欲しいです……って言ってみましょう」
「あたしは、えっちなことを、して欲しいです……」
「はい、良くできましたー。……えっちな写真を撮って欲しいです」
「えっちなさしん、とってほしいです」
 心なしか、恵理香の顔が赤らんでいた。
「さあ、それじゃあえっちな写真を撮りますよー。嬉しいですねー」
「はい、うれしーです……」
「じゃあ、スカートをめくり上げて、パンツを見せて下さい」
「……はい……すかーとをめくって、ぱんつをみせます……」
(よし……あとは何か無いかな。キーワード決めておいた方が便利か)
「はい、それじゃあ恵理香さんに暗示をかけますよー。いいですかー?」
「はい……」
「“ビザンツ帝国の、ルイ二十二世”と私が言ったら、恵理香さんは催眠術に掛かってしまいます」
「びざんつ……?」
「ビザンツ帝国の、ルイ、二十二世」
「ビザンツてーこくの、るい、にじゅーにせい」
「はい、よくできました。もう一度言ってみてください。何と言ったら催眠術にかかりますかー?」
「ビザンツてーこくの、るいにじゅーにせい」
「はい、そうですねー。そう言われると、催眠術にかかってしまいますよー」
「はい、さいみんじつにかかってしまいます」
「それじゃ、肩を叩きますよー……いーち、にーの……さん」
 和弘はとんとんと恵理香の肩を叩いた。ぱっと恵理香が顔を上げ、周囲を見回す。
「……寝てた?」
「多分」
「そっか。すまん。寝てたか……寝不足かな」
「睡眠不足?」
「ああ……」
 恵理香は考えごとをしているような面もちでそう言うと、ちらりと和弘の方をみた。かすかに顔を赤らめ、すぐに目をそらす。
 暗示で命令された『パンツを脱いでスカートをめくりあげ、写真をとってもらう』という衝動を感じてるのかもしれない。
 だが結局、恵理香はその考えを振り払うように頭を振り、椅子から立ち上がった。
「……まだちょっと眠い感じだ」
「なんなら寝てる? カウンターなら俺いるけど」
「いや……そうだな、手だけ洗ってくる。気分をさっぱりさせたい」
(失敗かな)
 留守番としてカウンター席に座りながら、和弘はそう思った。
(さすがに盛りすぎたかな? 焦りすぎたな……傘を開くとか足踏みするとか、やりやすいことからやらせないとダメか)
 次の手だてを考えていると、恵理香が手荒いから戻ってきた。
「関根くん、図書室閉めるよー」
「え? もう?」
「台風居座りそうだから、暗くなる前に帰れって。トイレに行くとき先生に会ってね」

 和弘と恵理香は家が近所だ。二人は豪雨と暴風に自転車での下校を諦め、歩いて家まで帰ることにした。
 地面が雨飛沫で白みがかって見えた。ごうっと強い風が吹くと、降り注いでいる雨粒がうねり、波打つ。
 強い風で傘が飛ばされそうになり、ズボンはすぐに雨でびしょぬれになった。
 最初の信号を越えたあたりで靴の中は水浸しで、歩くたびにじゃっぽじゃっぽと音を立て始める。
「酷いもんだな!」
「ったくだ!」
 雨向こうに恵理香の肌に薄手の夏服がべったりと張り付いているのが見える。風が吹くたびに恵理香がスカートを抑えた。
 風がもうちょっと穏やかならじっくりと見て楽しむのだが、性欲あふれる男子高校生でさえ「それどころじゃない」と思ってしまうほど台風は激しかった。
 二人はじりじりと自宅への道を進み、ようやく和弘のマンションの近くまで来た。距離にすれば一キロ半ぐらいなのだが、十キロも歩いているような気分になる。
「関根はあっちか!」
「いや! 送るよ!」
「無理しなくていいぞ!」
「ここまで来たら変わらんよ!」
「そうか!」
 風が吹きつける中、二人は声を張り上げてそう言った。実際、和弘の住むマンションから見れば、恵理香の住むマンションはほんの橋向こうだ。距離にして二百メートル弱しか違わない。
 二人は階段を上がり、橋を渡り始めた。
 人通りの多い橋ではない。台風のせいもあって歩道を歩くのは和弘と恵理香だけだ。車道の方はいつものように自動車やトラックが行き交っている。
 ごうっという風が吹きつけ、一瞬で和弘のビニール傘の骨が反っくり返った。
 川の上は遮る物が何もなく、その上両岸には高層マンションが並んでいるせいだろう、橋の上の風は地面の上を歩いている時のビル風と大差ない。
「……インズができそーだ!」
「えー!?」
 恵理香の声は風に紛れて良く聞こえなかった。
「メアリー・ポピンズ!」
「おーう! やれるやれる!」
 傘の骨を直しているさなか、中型乗用車が勢いよく通り過ぎていった。水しぶきがばさっと跳ね上がる。
 とっさに和弘の身体は車道に背を向け、恵理香をかばっていた。一拍遅れ、跳ね上げられた水が和弘に降りかかる。
「うおっ!?」
 傘を直そうとしてせいで、水たまりの水を頭からかぶる羽目になった。
「傘持ってるよ!」
「サンキュー!」
 役立たずな傘を恵理香に預かってもらうと、和弘はハンカチを取り出して髪を拭いた。とっくにびしょ濡れだが、さすがに髪が水を含んだままなのは鬱陶しい。
「ありがとう!」
 髪の水を絞り終えて傘を受け取ろうとした時、一際強い風が吹いた。ばさっと恵理香のスカートがまくれ上がる。
 和弘の視線がスカートの下へと吸い寄せられた。
 ばさっ、ばさっと、スカートが数秒はためく。
 黒々とした茂みが、恵理香の股間で縮こまって張り付いていた。雨で濡れているせいか、それは前に見たときよりも面積が小さく見える。
 ぱさりとスカートが下り、視線から茂みを遮る。
 呆然とした、というよりも、どういう顔をしてよいのか分からないというような無表情で恵理香が傘を差しだし、和弘も呆然とそれを受け取った。
 ふらふらと恵理香が歩き出し、和弘はその後ろをぼんやりと着いていった。
 よく見れば恵理香のスカートは雨に濡れ、ぴったりとはりついてお尻の形をむき出しにしている。下着を履いていたらあり得ないような貼り付き方だ。
 夏服のスカートは薄地で、その下の肌が透けて見えるような気さえした。
(あー、そっか……暗示も効いてないわけじゃなかったんだなー……)
 いきなりパンツを脱がせられるほどには強く掛からなかったのだろう。だが、暗示には逆らいきれず、トイレでこっそりとパンツを脱いできたのに違いない。
(……これは「ビザンツ帝国ルイ二十二世」を試してみるべきだな)
 恵理香をマンションまで送ると、バスタオルと新しい傘を借りることにした。恵理香はバスタオルを取りに奥へ引っ込む。表情も声も、どこかぎこちない。
 台風のさなか、下着をはかずにいたことについては弁解をしたりごまかしたりするより、徹底して話題に出さずにすませる事に決めたらしい。
「はい、バスタオル」
「おう、ありがとう」
「家の人は?」
「もう一時間ぐらいすれば帰ってくると思うけど」
(上げてくれるつもりはないみたいだな……だとしても、こんな機会はそうはないか)
「タオルありがとう。ところで石井さんさ、ビザンツ帝国のルイ二十二世って、知ってる?」
「え?」
 恵理香の目が激しくまばたきをした。
「ビザンツ帝国の、ルイ二十二世」
 そう繰り返すと、恵理香の身体がふらっとよろめいた。崩れ落ちそうになるのを慌てて支える。
「大丈夫?」
「はい、大丈夫、です」
(やった!)
 ぼんやりとした返答を聞き、和弘は内心快哉を上げた。どうやらこちらの暗示はしっかりと掛かっていたらしい。
「さあ、大きく息を吸ってー……吐いて……身体から力が抜いてくださーい……」
 和弘は恵理香を座らせると、用心深く催眠状態を深めさせた。家の人が戻ってくるまで一時間ぐらい、と恵理香は言っていた。だとすれば、大したことはさせられないだろう。
 和弘は座り込んだ恵理香を見て、唾を飲んだ。
 恵理香のスカートは腰にべったりと貼り付いている。ちょっとめくり上げれば、むき出しの秘部を思うままに弄ぶことが出来るだろう。
 とりあえず犯してしまえば何とかなるかもしれないし、一時間で戻ってくると言うのも恵理香の牽制なだけかもしれない。
(いやいや、玄関先で石井とやってるところに家族の人が帰ってくるとかなったら、最悪じゃないか)
 和弘はそう思い直し、恵理香に与える暗示を検討し始めた。
 夏休みの間、恵理香に催眠術をかけることばかり考えていたのだ、どういう暗示を与えどういう事をさせるか、というアイデアは豊富にある。
 和弘はその中から脅迫の材料を作れそうな物を手早く選び出し、二つ三つ暗示を与えた。さらに『ビザンツ帝国のルイ二十二世』をキーワードにした催眠誘導を念押ししする。それだけ一時間近い時間が過ぎてしまっていた。
 翌日、和弘は人が少なくなった時間を見計らって図書室へ向かった。
「石井さん、ちょっといいかな?」
「何?」
 恵理香は勉強の手を止め、そう言った。
 和弘は図書室を見回した。放課後の図書室は相変わらず人気が少ないが、それでも今日は一人二人、自習している生徒がいる。
「これ、石井さんのじゃないかなって」
 和弘が携帯電話を差し出すと、恵理香は慌てて自分の鞄を調べた。
「……あたしのみたい。気がつかなかったな。ごめん、ありがとう。どこにあった?」
 受け取ろうと手を伸ばす恵理香に、ひょいと和弘は手を引っ込めるると、折りたたみの携帯電話を開いた。
 瞬間、恵理香の顔がさっと青ざめた。
「ちょっ……!?」
 慌てて声を潜め、素早く周囲を見回す。
 携帯電話には恵理香が自分自身で撮影した卑猥な画像が表示されていた。
 よくある、投稿系自社撮りのような構図とポーズだ。違うところと言えば、恵理香の顔がしっかりと写っているところだろう。
 和弘の目の前でパンツを脱ぐ、という暗示をかけたら、トイレでこっそりとパンツを脱ぐという結果になった。
 それなら、自分自身にしか見られない、と本人が思いこんでいるなら、相当大胆なことでもやらせられるだろうと思い、セルフ撮りの写真を撮らせたのである。
 そしてまた別の暗示により、そうした大胆な写真が記録された携帯電話が「うっかり」と置き忘れられ、和弘の手に落ちたのだった。
 ぱたんと携帯を閉じると、和弘は携帯電話を返した。怪訝そうな顔になる恵理香の前で、自分の携帯電話を開く。
「いやー……しっかし石井さんもああいう下着持ってるんだ。意外だわ」
「ちょっと、それまさか……」
「コピった」
「ちょっと!」
 がたっ、と恵理香が立ち上がり、図書係や他の生徒が視線を向けた。恵理香は逃げ道を探すように目を泳がせんがらも、席に座り直す。
「……どうするつもり?」
「どうするかなあ?」
(意外にびびってるな……無理もないか。いや、油断は禁物だな)
 カチカチと写真を切り替えていく。高揚したような表情を浮かべながら、黒いレースの下着で扇情的なポーズを撮る写真が続く。
 その次には、それより前に撮ったのだろう、ややぎこちなくポーズを撮り、制服をはだけさせたりスカートをめくり上げたりと、試行錯誤をしている写真になる。
 続いて表示された写真は、最初のうちに撮ったのだろう、全裸で胸元や陰部を大写しにしたものだ。表情も構図も、最初はぎこちなかったのがだんだんと余裕が現れ、凝った物になっていったらしい。
「えっろいよねえ……ポーズとかも。石井さん、結構ああいうの詳しかったりするの? ちょっと感心しちゃったよ」
「それは……なんて言うか……」
「携帯は使用禁止ですよー!」
「すみませーん!」
 図書係の警告に、和弘は慌てて携帯電話を閉じた。余裕ぶった笑みが強ばり、冷や汗が吹き出す。
「……あぶねー……」
「で、どうするつもり?」
「んー? 別にどうしもしないよ? まあ健全な男子高校生として、個人的な楽しみにつかうぐらいでね。と、言っても世の中にはうっかりってこともあるからなあ……」
「ちょっと……!」
「俺も石井さんみたいに、うっかり携帯電話をどっかに忘れちゃうってことがないとはいえないし、お気に入りの画像をうっかり待ち受けにしちゃうとか、ねえ?」
「言いたいことはわかった。で、どうしろってわけ?」
 恵理香が冷ややかな視線を向けた。怯みそうになるのを押し留め、和弘は微笑んだ。
「石井さんの写真がすごくエロくってねー。このままだと収まりがつきそうないから、とりあえず責任とって収まりつけてもらおうかなー、と。ズボンの中」
「……ああ、そう言うこと」
「そう言うことですな」
「……ちょっと、待ってね」
「どうぞごゆっくり」
 考え込もうとする恵理香の前で、和弘は鞄を持って席を立った。
「トイレ行ってきます。四階奥の」
 睨むような恵理香の視線を背中に感じつつ、和弘はほとんど使われることのないトイレに向かった。
 個室に入り、ため息をつく。神経が疲れていた。脅迫をしているという罪悪感と恐怖もあるのだろう。
(しっかし、これで来なかったら凹むなあ。警戒されたらキーワードでも催眠状態に持ってけるかどうか分からないし、早まったかな……
 いや、脅迫材料としては十分なはず。それにキーワードで催眠状態に持ってけるにしても、そう使える機会なんてないんだし、どこかで踏み切らないと。
 それに、写真をばらまかれてでもヤりたくないってほど嫌われてはいない……と期待したい。そこまで好感度低くなかったろ、多分。
 ああでも軽蔑はされたな。いやいや、今更善人ぶってどうするつもりだ。ここは徹底して小悪党路線で行くべきだろ。引き返せるポイントは過ぎてんだ)
 そんなことを考えていると、こんこん、と個室のドアが叩かれた。
「入ってます」
「あたし!」
 鋭い囁きに、和弘は扉を開いた。恵理香が個室に飛び込み、扉を閉める。
「来たよ。ってかすぐ開けてよ」
「いや、たまたま来た別の人だと困るからさ」
「隣の個室が空いてるのに、たまたま来た人が閉まってるドア叩くわけないでしょうが」
「それもそうか」
 恵理香が憤然とした息を吐く。
「で? 来たけど、何、その、正直あんまりそういうことって詳しくないから、どうすればいいのかとかは教えてくれないとなんもできないからね」
「あんな写真撮るのに?」
 恵理香がぷいっと横を向いた。
「あのね、いい? 言われたとおりにやるって言ってるでしょうが。それに不満があるっての?」
「ないです。ごめんごめん。じゃ、とりあえず座ってくれる」
 狭い個室で場所を入れ替え、恵理香が便器のふたに腰掛け、和弘が扉を背に立っている格好になる。和弘はズボンのジッパーに手をかけた。
「ちょ、ちょっと待って!」
「何?」
「あ、あの、ごめん。その、こう言うの初めてだから……」
「俺だって初めてだよ、そんなの」
「いやそうじゃなくって、あの……先に、形だけでいいからキス、してくれないかな……」
「まあ、それぐらいはいいけど」
 にやりと笑いたくなるのをこらえ、和弘は恵理香を上向かせた。
 ほとんど真上にから、唇を唇に押しつける。その瞬間、恵理香の腕が和弘を抱き寄せた。軟らかな舌がぐいっと和弘の前歯に押しつけられ、勢いよく口の中にねじ込まれる。
(うわ、激しいな……)
 和弘も恵理香の舌に応え、互いの舌を絡ませあった。
 粘膜のこすれあうねっとりとした刺激と息苦しさとで、頭がぼんやりとしてくる。
 和弘が真上から覆っている姿勢になるため、あふれた唾液は一方的に恵理香の口腔へとそそぎ込まれる。恵理香はそれをこまめに飲み下し、まだ足りないと言うかのように和弘の口の中を舌でほじくった。
 恵理香の心はファーストキスの充足感と幸福感とであふれているはずだ。
 やがて息継ぎが間に合わなくなり、二人は唇を離した。まだ物足りなげに首を伸ばしてキスをしようとする恵理香を押し留める。
「……初めてって言ってなかったっけ?」
「初めてだよ、けど……」
「へえ。石井さんって結構スケベなんだなあ」
「え……いや、別に……」
 顔を紅潮させながら、恵理香は戸惑った表情を浮かべた。脅迫された結果の、不本意なはずのキスに幸せを感じてしまったことに動揺しているのだろう。
 なぜそんな気持ちになったのか、合理的な理由を探しているはずだ。
 この状況をもっと楽しんでいたかったが、和弘の雄としての本能の方がそろそろ我慢の限界に来ていた。苦労しながら性器をズボンから出し、恵理香の前に突き出してみせる。
「それじゃ、こっちにもキスしてもらおうかな」
「……うん」
 和弘のそれはお預けを食らった犬のように涎を垂らしていた。全体がてらてらとぬめりに覆われ、ズボンから出すだけで手が汚れて糸を引く。
 恵理香は熱っぽい視線をそれに注いだ。舌を伸ばし、反り返ったそれを舌先でつつく。
 長いお預けを食らっていた和弘の身体は、ようやくありつけそうな快楽の予感にぶるんと身震いをした。恵理香が一瞬だけ怯んだ様子を見せ、すぐに和弘の雄器官を口に含む。
「ぅわ!」
 トイレのひんやりとした空気に晒されていたそれに、熱っぽい粘膜が密着する。抑え込まれていた情欲が沸き立ち、一瞬で閂が弾け飛んだ。
 本能が和弘の身体を動かす。恵理香の頭が掴まれ、腰を打ちつける。先端が喉元に押し入り、そこで暴発した。
「んぅうっ!?」
 苦しげなうめきがあがるが、それとは裏腹に恵理香の腕が和弘の腰に回され、がっちりとしがみつく。
 ごくっ、ごくっ、と雄汁が飲み下された。喉の蠢きが和弘の先端を刺激し、さらなる排出を促す。
 くはあっ……
 ため息とともに和弘は身体の力を抜いた。(うわ、すごい出たな……倍か三倍ぐらいでたな)
 量を見ることもできないまま恵理香に飲み込まれているので、本当にそれぐらい出たのかどうかは分からない。
 だが、昨日から自慰行為をせずにため込んでいたため、量と勢いは相当のものだ。
 なにしろ台風でまくれあがったスカートや、携帯電話に記録された痴態写真など、刺激的な光景がさんざん脳裏にちらついていたにも関わらず、このときを楽しみに押さえ続けていたのである。
 一回では満足していないと言うかのように、恵理香の口に包まれた若茎は、まだしおれる気配がない。恵理香も茎の表面に舌を這いまわらせ、口をはなす気配はない。
 とにかく刺激を与えればいい、というその動きは巧みなものとはいえなかったが、達した直後の和弘にそんな評価をする余裕はなかったし、他と比べられるだけの経験もなかった。
 恵理香は和弘にしがみつきながら、熱心にしゃぶり、口の中の涎をこまめに飲み下す。しかし激しくはあっても単調で、的を外しがちなその動きは和弘をじらせるばかりだ。
 じゅぱ、じゅぷ、と音だけが威勢いい。
 もっとも、その音と恵理香がむしゃぶりついているという光景だけで和弘を高ぶらせるのには十分だった。
「石井」
「ん」
 和弘の両手が恵理香の頭を支えると、恵理香も察したように動きを止め、舌を茎にぺっとりと張り付かせ、動き出した時に刺激できる面積を広げる。
 和弘がゆっくりと腰を動かし始めた。恵理香は目を閉じ、自分の唇や舌が犯されるのをじっくりと味わう。二度目だからか、和弘の動きには余裕があった。恵理香の方もわずかながら腰に合わせて頭を前後させ、刺激を強くする。
(あ、そろそろかな……)
 恵理香はそう思った。
 和弘の動きはどんどんと早くなり、恵理香の頭を押さえる手にも力がこもる。和弘の体は恵理香の口の奥深くまで突きこまれ、苦しげなうめきが漏れた。
「んぐ、ぐぅっ!」
 恵理香はそれでも、和弘に快楽を与える機器に徹した。舌や唇を茎に張り付かせ、激しく前後する和弘に粘膜で快楽をもたらす。
 恵理香の頭に腰が打ちつけられた瞬間、和弘の体が強ばった。恵理香の舌の上で和弘が跳ね、口の中に種を蒔く。
 びゅくっ、びゅくっ、と吹き出すそれを舌で受け止めた。
 最初の一回目は直接胃袋に打ち込まれたが、今回は舌の上に留めてその香りを堪能する。
 口の中に雄の香りが充満した。口の中の和弘の肉茎をのんびりと舌で清めながら、野蛮な匂いを肺や鼻腔へと送り込む。
(染まってるんだ……あたしの細胞が、汚染されてるんだ……)
 そう思うと、恵理香の背筋がぞくぞくとふるえる。
 酸素不足と雄の匂いとで頭がずきずきと痛み、目に涙が浮かぶ。そうした苦痛さえ恵理香に満足感をもたらしていた。
 口の中の液体を飲みくだすと、和弘の肉体が口から引き抜かれた。
 恵理香は不満げな顔になって和弘を見上げた。和弘の手が誉めるように頭をなでる。
「んあ?」
 恵理香は舌を伸ばし、和弘の茎を舐めながら目で問いかけた。二度続けて放出したにも関わらず、和弘はまだ満足した様子を見せていない。
「じゃ、石井さん、壁に手を突いてお尻突きだして」
「……え……」
 思わず恵理香は動きを止めた。目の前に突きつけられた和弘の肉体を改めてまじまじと見つめる。
(そっか、そうだよね……)
 口に出されるだけで終わるはずがないと知っていたが、改めて目の前に突きつけられるとためらいが先に立つ。
「あ、あのさ……」
「何?」
「あたし、こういうのって、初めてでさ……」
「うん」
「……だから、つまり初めてなわけでさ」
 恵理香はちらりと和弘を見上げ、視線を合わせると周囲に目配せをした。
 二人で入ることが想定されていないトイレは狭苦しく、掃除も十分に行き届いているとは言い難い。
 冷ややかな空気にアンモニア臭が染み着いているような気さえする。
「んー、つまりもうちょっと場所を選んで欲しいってこと?」
「うん」
 和弘はふむ、と考え込むような様子を見せた後、恵理香の頭をなでた。
「ま、いいか。なんならもうちょっと形式整える?」
「形式?」
「形だけでもどっかで映画見て、食事してからホテルいくとか」
「いいのか? まあ、そうしてもらえるならその方がありがたいけど」
「今度の日曜日でいい?」
「特に予定はない」
「そっか。それと、石井さん……」
 和弘が呼びかけ、何か言った瞬間、恵理香の意識がすうっとぼやけた。身体から力が抜け、視界が暗くなり、思考が鈍麻する。
「……えぁ……?」
(早くなったなあ)
 恵理香が催眠状態に入ったのを確認し、和弘は内心そう思った。
 和弘が手慣れてきたのか、恵理香の方に催眠状態に入る何か心理的な経路が確立されたのか、最初の頃に比べると、ずっと早く催眠状態に入っていく。
 もっとも、早くはなったが深くはなっていない。恵理香の催眠状態は身体が完全に脱力し、思考力と判断力が著しく低下するところで止まってしまうのだ。
(ま、個人差もあるらしいし、暗示には成功しているんだから十分だけど)
「恵理香さんは、関根君から脅迫されてますねー」
 和弘は恵理香に暗示を与え始めた。
 脅迫が実行されることへの不安と恐怖を強調し、和弘の命令に従順になるように誘導する。
「トイレで初体験にならなくて、良かったですねー」
「はい、良かったです……」
「初体験がトイレなのは、嫌ですよねー」
「はい、しょたいけんがトイレは、やです……」
「トイレじゃなくて、良かったですねー」
「はい、よかったです」
「ほっとしましたかー?」
「はい……」
「関根君はやさしーですねー?」
「はい、やさしーです」
「親切ですねー?」
「はい、しんせつです」
「親切にされたから、お礼しましょうねー?」
「はい……親切にされたから、お礼します」
「どんなお礼がいいでしょうねー?」
「……どんな……?」
 恵理香が口ごもった。
「えっちなお礼をすると良いでしょうね」
「……はい、えっちなお礼が良いです」
「えっちで、いやらしいお礼をしましょう」
「えっちで、いやらしいお礼をします」
「どんなお礼がいいのか、お風呂に入るとき、一生懸命考えます」
「どんなお礼がいいか、お風呂にはいると一生懸命考えます」
「じゃあ、はい、言ってみましょう。『初体験がトイレなのは、いやです』」
「しょたいけんがトイレなのは、イヤです」
「『関根君のおかげで、初体験はトイレではありませんないです』」
「関根君のおかげで、しょたいけんはトイレじゃないです」
「『だから、関根君にえっちなお礼をします』」
「だから、関根君にえっちなお礼をします」
「『どんなえっちなお礼が良いか、お風呂に入るときに考えます』」
「どんなえっちなお礼がいーか、お風呂に入るとき考えます」
「はい、よくできましたねー。すごーくえっちでいやらしいお礼、考えましょうねー」
「はい……すごくえっちでやらしいお礼、考えます」
 恵理香はとろんとした眼差しで身体を震わせた。
 日曜日、和弘は駅前で恵理香を待っていた。
(さて、何をやってくるかな。というか、どこまでのことをやってくるかな……)
 デートの段取りを考えたのは、ほとんど恵理香だ。
 一応「恵理香の希望によってデートという形式を整える」という建前だったし、映画やデートコースに和弘はあまり詳しくない。
 それに、何らかの「お礼」を絡めてくるだろうことを考えると、和弘が口を挟むのは得策ではない。
(まあ、変に逆らわれたりしなければ普通にやるだけでも良いんだけど……いやでも、尻穴とか一度ぐらいは試してみたいかな。コスプレとかも面白そうだし、どうせなら……)「おはよう。あー……待った?」
「っと! おう、おはよう。まだ五分前だぜ?」
「そこは適当に流すとか、一時間待ったぜとか言えよ」
「そんなに早く来てねーよ」
 言いながら和弘は恵理香を眺めた。
 デートというには少しカジュアルな感じもする。しかし普段の恵理香からすると、ずいぶん女の子っぽい格好だとも言える。何しろ私服なのにスカートだ。
「ま、行こうか」
「お、おう」
 ぎくしゃくした様子の恵理香とともに、ホームで電車を待つ。日曜日なだけあって、繁華街行きの電車を待つ人の姿はそれなりに多い。
「壁で待とう」
 列に並ぼうとする和弘を引き留め、恵理香がそう言った。
「え?」
「並ばないで、壁に寄っかかってよう」
「いいけど……」
 二人が並んで壁に寄り掛かると、恵理香がきゅっと和弘の腕にしがみつく。
(おお、すげえ積極的だなあ……)
 ドキドキしながらも嬉しさを隠せない和弘に、恵理香がささやいた。
「ちょっと」
「何?」
 恵理香がきょろきょろと周囲を見回した。
「どうした?」
「……スカートの下、触ってみて」
「え?」
「いいから!」
 声を潜めながらも恵理香が鋭い口調でそう言った。
 和弘は周囲の注意を引かないよう、さりげないそぶりで手を恵理香のスカートの下へと滑り込ませた。
 ふとももの感触が手のひらをおおい、そのまま上へと滑らせていく。
 びくん、と恵理香の身体が震えた。なめらかなお尻の感触が手のひらに伝わる。
(……え?)
 下着の感触が無かった。
 ちらりと恵理香を見ると、顔を真っ赤にして潤んだ視線を返してくる。
(これは、どう反応すればいいんだろう……)
「……な、なんとか言ったらどうだ」
「あー、えーと……」
 どう言えばいいのかわからないうちに、電車が来た。慌てて電車に乗り込むと、和弘は恵理香を抱き寄せた。腰に手を回し、スカートがまくれないように押さえ込む。
 端から見れば、電車の中で人目をはばからずに抱き合っているようにしか見えないだろう。片手はがっちりとお尻を押さえているのだからひときわだ。
 恵理香のスカートは極端に短いわけではないが、秋口の、まだ残暑の厳しい時期にふさわしいというぐらいには短い。
 ちらちらと視線が向けられるが、それを恥じらっている余裕がない。スカート越しに柔らかなお尻の感触が手に伝わる。和弘の意志とは関係なく、肉体が欲情し、硬直して恵理香に押しつけられた。
 駅に着くと、腰に手を回したまま急ぎ足で映画館へと向かった。予約してあった席に座り、ようやくふーっとため息をつく。
「……なんつーか、石井さんも結構大胆なことするね」
「そ、その、お礼だ。何て言うか、まあ、こっちの希望を聞いてくれたことに関して」
「お礼ですか」
「……嫌いだったか?」
 不安そうな声に、和弘は思わず首を横に振った。
「いや、燃える」
「ならまあ、良かった……多分客入りはそんなでもないから、派手なことをしなければ、大丈夫だと思うから……」
 確かに、上映間近にしては客の姿は少ない。
「人気ないの?」
「バカを言うな」
 突然、恵理香の声がいつも通りのきっぱりとした物に切り替わった。
「上映四ヶ月目に入ったから、さすがに客足も落ち着いてきたって言うだけだ。好評ロングランの評判作だぞ」
「どういう映画?」
「どたばた人情コメディだな。ところで喘息持ちだったりはしないよな?」
「別にそんなことはないけど、何で?」
「喘息持ちだと命が危ない。そうそう、パンフレットもなかなか凝ってる。帰りに買っていくのをお勧めするぞ」
 照明が暗くなり、予告編が始まった。
(パンフレット持ってるのか? というか見たことあるのか?)
 そう聞きたかったが、予告編に集中している姿を見ると、声を掛けるのが憚られた。
『やったか!?』
 市長が戦車から顔を出し、そう叫んだ。砲撃で廃墟となったファーリーの鋳物工房を風が吹き抜ける。
 だが、瓦礫の山がうごめき、見る間に工房が再生していく。
『バカな! 税率最大なんだぞ!』
『市長! 34、35ブロックよりハイテク工業が撤退! 製造業に変化!』
『ええい! 航空隊だ! 一件残らず焼き払え!』

 スクリーンでは、ファーリーの鋳物工房が大砲を鋳造し、三本脚のロボットを粉砕している。どうやら市長は火星人と手を結ぶことにしたらしい。
 無茶苦茶なシチュエーションが繰り出されるたび、恵理香や他の観客が爆笑する。
(これは、邪魔をすると怒られるな)
 諦めて映画に集中しようとするが、どうしても恵理香が気になってしまう。隣りにパンツをはいていない可愛い女の子が座っているのに、それを気にせず映画に集中できるような男の子はめったにいないだろう。
 どういう手段なのか、隕石がファーリーの鋳物工房を粉砕し、都市に巨大なクレーターが作られた。
『あのファーリーの鋳物工房が、最後の一件だとは思えない』
『……市長、ペディラーナ工場から認可請求が来ています』
 愕然とした市長の顔が大写しになり、スタッフロールが始まった。
 結局、何も出来ないまま映画が終わり、二人はファミリーレストランへ向かうことになった。
「やっぱり面白かったなー」
 ファミリーレストランでハンバーグをぱくつきながら、恵理香は嬉しそうにそう言った。下着を履いていないとは思えない朗らかさだ。本人も忘れているに違いない。
 二人は食事を終え、デザートを食べ、ドリンクバーのおかわりをしながら映画の話を続けた。
「……じゃ、出ようか」
 和弘がそう言うと、恵理香がぎこちなく頷く。二人が店を出たのは、午後四時近くだった。
 普通のデートなら、この後ショッピングなりなんなり、一つ二つ何かあるのだろう。しかし、強迫されている恵理香としては長々デートを続けるのはまずいと思ったのか、予定では食事の後にホテルで「休憩」することになっている。
 二人は無言でホテル街に向かった。知らず知らずのうちに足早になり、手近なラブホテルの前で足を止める。
「……あー……」
 和弘が視線を向けると、こくり、と恵理香が頷いた。
(あのまま勢いでやっちゃった方が良かったかなあ。いやしかし、初めてがトイレってのも可哀相な気がするし。
 しかし改めてってなると、緊張するな……)
 ベッドに腰掛け、和弘はそんなことを考えながら心を落ち着かせていた。こうした施設に入るのは初めてだ。
 意味もなく部屋の中を見まわしては、ベッドの周りをぐるっと一回りし、またベッドに腰掛ける。
 恵理香は浴室で身体を洗っていた。うっかりすると浴室の気配に耳を澄ませそうになる。
 浴室の扉が開く音がした。
「出たぞ」
「あ、うん」
 バスタオルを身体に巻き付けた恵理香が、和弘の隣に座った。
 図書委員だが、家の中に閉じこもりだったというわけではないらしい。二の腕には日焼けの境がくっきりと表れている。
 一緒に歩いているときにはそう日焼けしているようには見えなかったが、肩や背中の白さを見ると、あれでもずいぶん焼けていたらしい。
 和弘はごくりと唾を飲み、自分も服を脱ぎだした。すぐ隣で恵理香がびくっと身体を強張らせる。
「じゃ、横になって」
「……ああ」
 緊張してか、恵理香の口調はやけにぶっきらぼうだった。ベッドに横たわりながら、視線はちらちらと和弘の股間に向けられる。
 そうした視線に気づかない振りをしながら、和弘は避妊具の準備を済ませた。
「んじゃ……」
「ん……」
 軽くキスをして、恵理香に覆い被さり、脚を広げさせた。先端を恵理香にあてがう。ゴム越しにじんわりとした温かさが伝わってくる。
(ちょっと、きついかな)
 和弘は周囲を見まわし、ローションのボトルを手に取ると避妊具と恵理香の下腹部に垂らした。
 緊張のせいか、ローションはどぼどぼと流れ、恵理香と和弘とはローションまみれになった。
 ふと、和弘はホットドッグにかけるマスタードを思い浮かべた。
(これがマスタードなら、辛くて食べられないな)
「行くよ……力、抜いて」
「……う、うん」
 恵理香はそう答えたが、身体から力んだままだ。緊張しているのだろう、肌にはぽつぽつと汗が浮かんでいる。
 恵理香の落ち着きを待つのに耐えられず、和弘は身体を押し込み始めた。
「んんっ!」
 反射的に恵理香の身体に力がこもる。力を抜こうと意識するが、和弘の身体が恵理香をこじ開けて進むたび、また反射的に力が入ってしまう。
「んぐっ!」
 身体を無理に拡げられる痛みに、恵理香の喉からうめきが漏れる。
(狭い……)
 恵理香が苦痛を感じているのは分かるのだが、和弘は構わずに腰を進めた。肉体はもう手綱を離れている。
 恵理香が身をよじった。恵理香を中心にしてシーツに皺がよる。和弘の身体が恵理香の中にゆっくりと呑み込まれた。
 ぺちゃり、とローションまみれの腰と腰とが触れあう。
「あ、あぁ……」
「……入った……」
 和弘の身体が、完全に恵理香に包まれた。安堵か、達成感か、恵理香が長い息を吐き、身体がベッドに沈んだ。
 直後、和弘の身体が動き出した。
「くぎぃっ! い、痛! 痛い!!」
 恵理香が悲鳴を上げ、腰が跳ね上がる。それを気の毒に思うだけの余裕は和弘にはない。
 快楽を求め、和弘の腰が激しく前後する。恵理香の額に汗が浮かび、流れ落ちた。和弘が動くたびに鋭い痛みが腰の裏側に走る。
(うわ、持たない……)
 恵理香の身体は和弘を堅く締め付け、繁殖を促していた。それに耐えられるだけの忍耐力は、若い和弘には備わっていない。
 どろっとした物が和弘の下半身にこみ上げてきた。抑えるまもなく、それは筒を走り抜け、避妊具に阻まれる。
「っく……!」
 体液の勢いは、放出というより射出と呼ぶ方がふさわしいものだった。和弘はぶるぶると震え、恵理香の上に倒れそうになるのをなんとかこらえる。
「……終わった?」
「あ、ああ」
 和弘の声を聞き、恵理香の身体がぐったりとベッドに沈んだ。和弘の身体を包む媚腔からも力が抜ける。
 ぎゅうっと締め付けるような強さが、きゅっと握られるような強さに変わった。

 じっとりと湿っぽい空気に、沈黙がずしりと降りた。
 恵理香は疲れ切ったようにベッドに沈み、息を整えている。本当に疲れているのかもしれないし、何を言えばいいのか分からないのかもしれない。
 身体は汗でびっしょりと濡れていて、胸は静かに上下している。
 和弘の方は肉体が物足りなさを訴えていた。一度は出した物の、若い獣欲はそれぐらいでは満足していない。
 和弘の視線に気がついたのか、恵理香が腕で身体を隠した。
「……ちょっと、休ませてくれないか?」
「ビザンツ帝国のルイ二十二世」
 意識が催眠状態へと落ちていったのだろう、恵理香が瞬きをくり返し、小さなうめきを上げた。
 恵理香に催眠術をかた自分に、和弘は驚いていた。欲望が煮えたぎっているのか、どうしようかと考える前にキーワードを発していたのだ。
(まあいいか)
 理性と良心が麻痺しているのが自分でも分かるが、それを解こうとは思わない。
「さあ恵理香さん、セックス出来ましたねー」
「……はい、できました」
「痛かったですかー?」
「……はい、すこし、いたかったです」
「初めてだから、痛かったんですねー」
「はい……」
「初めてがちゃんと出来て、良かったですねー。嬉しいでしょう?」
「はい、うれしーです」
「痛かったのは、初めてだからですね?」
「はい……? はい、はじめてだからいたかったです」
「つまり、痛いのは嬉しいですね?」
「えっと……?」
「痛いのは、初めての証拠です。初体験をちゃんとできて嬉しいですよねー?」
「はい、うれしいです……」
「痛いと、初体験がちゃんと出来たって実感できますねー?」
「はい……」
「つまり、痛いと、嬉しくなりますね?」
「はい……はい、痛いと、嬉しいです」
「あそこが痛いのは、ちゃんと処女をあげられた証拠です。恵理香さんは痛くされると、処女をあげられたって実感できて、すごーく幸せな気分になります」
「はい……いたいのは、しょじょをあげられたしょうこです。いたいと、しあわせなきぶんになります」

 催眠が解かれると、恵理香は戸惑ったような表情を浮かべた。和弘は構わず恵理香の腰をつかみ、肉槍を突き込む。
「ちょっ……んぁああっ!?」
 乱暴な動きに恵理香が悲鳴を上げる。それには構わず、和弘は大きく腰を前後させた。
「い、痛ぁっ! んぃ、いいっ!? あっ、あぁっ!?」
 恵理香の声に戸惑うような音色が混じる。痛みに幸福を感じている事に戸惑っているのだろう。緊張もほぐれているのか、最初の時よりも動きはずっとなめらかだ。
「あ、ああっ! せ、関根くんっ! い、いいっ! ひぅっ!」
 恵理香の脚が和弘の脚に絡みつく。痛みにか、恵理香の目には涙が浮かんでいたが、顔に浮かんでいるのは悦楽の表情だ。和弘が突き上げると恵理香の白い身体が仰け反り、部屋に嬌声が響く。
「っあはぁっ! い、いぃっ! なん、でっ!? へ、変っ!」
「石井さん、初めてなのに気持ちいいの? ずいぶん、スケベなんだねえ!」
 和弘は腰を動かしながらそう言った。油断すると前触れなしに達っしてしまいそうだ。
 肉壺は動きに合わせて締まり、和弘の身体を絶頂へと導こうとする。
「い! や! やだぁ!」
 そう言いながらも、恵理香の身体が快楽を生み出そうとするかのように腰が跳ね、摩擦を激しくする。
 恵理香がこらえるように顔を歪めた。とっさに両腕が顔を覆い隠す。
「んぐぅっ!」
 声は短く、くぐもっていた。恵理香の脚はしっかりと和弘に絡まり、全身が小さく震える。
「んあ! ひゃ!」
 恵理香が余韻に耽る前に、和弘はさらに数回腰を打ち付け、達っした。体液が勢いよく放たれる。避妊具越しであっても味わいたいのか、和弘にしがみつく恵理香の身体に力がこもる。
 和弘は大きく息を吐いた。二度目とあっては耐えきれず、そのまま恵理香の身体の上に覆い被さる。
「んんっ……」
 自分より一回り大きな男の身体に押しつぶされ、恵理香は苦しげな声を上げた。
 噴き出した汗のせいで、二人の肌が密着し、体温を伝え合う。
 和弘と恵理香はしばらくの間そのまま、互いの体温と鼓動を味わっていた。

「ちょっとコンビニ行ってくる」
 和弘はそう言って家を出た。
 川風を浴びながら橋を渡る。住宅街だけあって、夜になると途端に人通りが少なくなる。秋も深まり、そろそろ冬と言っても通じそうな気温だ。
 恵理香はマンションの前で待っていた。
「や」
「や、こんばんは」
「呼んでから降りてくればいいのに」
「別にいいだろ」
 涼しくなってきたせいもあって、恵理香の格好はずいぶんな厚着だ。コートの下にも何枚か重ね着をしているらしく、ぼてっとふくらんだシルエットになっている。
「ま、行こう」
「ん。分かった」
 恵理香と和弘は、毎晩橋を往復するだけのデートを続けていた。腕を組んで橋を渡る姿は、他人からは微笑ましい高校生の恋人同士に見えただろう。
 橋の終端近くで二人は柵に寄りかかった。川風が冷たい季節だ。
 和弘は恵理香のコートのポケットに手を滑り込ませる。ポケットの底は、ハサミで切り取られ、ただの筒になっている。和弘は手を進め、恵理香のお尻を撫でた。
 恵理香は下着を着けていない。スカートすらはいてなかった。しっとりとした弾力のあるお尻に、和弘は手を貼り付かせる。
「んぅー……」
 恵理香が膝に手を当て、前屈みになった。尻たぶの狭間をつるりと撫でる。指に金属の感触があった。
「あっ……」
 金属のリングに指を入れると、恵理香が小さく声を上げた。ゆっくり身体を起こし、欄干に寄りかかった。
 きゅうっとお尻に力が込められた。恵理香が頷いた。
 ちらちらと和弘を見上げる目が期待で潤んでいる。
「……あ、あの、関根君……」
「何?」
「あの……」
「だから、何?」
 和弘はにやにやとしながらそう聞き返した。指に軽く力を込め、恵理香を焦らす。リングはアナルスティックに繋がっている。
 これも「お礼」の一つだ。恵理香はアナルバージンを捧げることも申し出たのだが、さすがに挿入できるほどほぐれてはいなかったし、時間も体力も余裕がなかった。
 恵理香は通販で道具を揃え、開発を始めたのである。
「あ、あたしのアナルを、解してください……」
「ん」
 和弘はリングを引き、アナルスティックをゆっくりと引いていった。
 スティックは玉が連なったような形をしている。玉が一つ引き出されるたび、恵理香が悲鳴をこらえ、身体を震わせた。
 つぷっ、つぷっ、とゆっくりと棒を引き出し、適当なところで再び挿入に戻る。
「ぅぐっ……」
「ずいぶん馴染んできたねえ」

「そんな、ことっ……」
 引き出すときには快楽の滲んだ声を上げていた恵理香が、挿入されるときは不快そうな声になる。
 責めているところが排泄器官だと言うことを、その反応が示していた。
「だってほら、最初は前屈みにならないと抜くのもきつかったじゃない」
 軽くリングを引っ張ると、恵理香の身体に力がこもった。
「それがほら……」
 その反応を確認してからスティックを一段引く。
「んんっ!」
「お尻にきゅっと力込めてるのに、ぬるって抜けるもんね」
「だっっ! あ、あ、あ、あ!」
 つぷん、つぷん、と引き抜くごとに恵理香が声を上げた。恵理香の身体はスティックを締め、排泄口からもたらされる快楽を堪能している。
 一拍間をおき、和弘はアナルスティックを挿し戻した。恵理香の顔を自分に向かせると、和弘はそっとくちづけをした。
「んんっ!!」
 待ちかねていたように恵理香の舌が和弘の口へと侵入する。激しく舌が絡み合わされながら、恵理香の手は欄干をつかみ、和弘に抱きつきそうになるのをこらえていた。
 和弘の指がゆっくりと、なぶるようにリングを引いていく。
「ぅふぐっ! んっ!! んむぅっ!」
 恵理香が激しい息を漏らした。膝がかくかくと震え、太もも同士がしきりにこすりアワされている。
 和弘は指を伸ばし、恵理香の内ももをつついた。溢れ出した蜜がももを滑らせている。
 時折通りすぎる車の運転手から見れば、橋の欄干に並んで寄りかかり、キスをしているようにも見えるだろう。あるいは舌を絡ませ合う激しいキスだと見て取ることが出来るかもしれない。
 だがキスをしている背後でアナルが責められ、上下から来る快楽に秘部を疼かせながら涎を垂らしていることは分からないだろう。
「っはあ!」
 息が続かなくなったのか、恵理香が口を離した。はあっ、はあっ、と肩で息をし、脚を震わせながらも欄干に寄りかかってなんとかこらえている。
 和弘を見上げる目は焦点が合っていなかった。
 雌としての本能なのか、全く触れられずに疼いているのか、時折ひくひくっと腰が前につきあがっていた。
「大分、感じるようになってきたね。この調子だと、今週末にはいよいよお礼してもらえるかな?」
「はいっ、はいっ! 大丈夫ですっ!」
 獣欲をこらえるかのような切迫した口調だ。
 和弘も演じているほど余裕があるわけではない。デートの前に一度自慰を済ませたにも関わらず、ズボンの下ではがちがちに雄器官が強張り、先走った涎でパンツが濡れていた。
 だがまさか橋の上で交わるわけにも行かない。和弘は手を恵理香のコートから抜くと、指の汚れを拭き取った。

 よろよろと真っ直ぐ歩くことも出来ない恵理香をマンションの前まで送り、のんびりと橋を戻る。
 和弘はふと足を止めると、街灯を照り返す川を眺めながら少しぼんやりとした。
 やがて、ポケットの中で携帯電話が震えた。恵理香からの電話だ。
「はい、もしもし?」
『あの、関根君? どうしたの?』
「どうしたのって?」
『いや、パソコン立ち上げてないから……』
「まだ橋の上だから」
『はぁっ!? ちょ、ちょっと……何で!?』
「いや別に、のんびり歩いて川風に吹かれてた。どうかした?」
『どうかしたって……』
 電話の向こうで恵理香が不満そうにうなり声を上げた。
 橋の上でのデートを終えた後は、ビデオチャットで恵理香にオナニーさせ、本人に実況させるのが二人の習慣になっていた。
「単にのんびりした気分なだけだけど、どうかしたのかな?」
『……関根君』
 恵理香の声は怒りの滲んだ冷ややかな物だった。
(あ、これはまずいか)
どうやら和弘が思っていたより切迫していたらしい。あんまり焦らすと怒り出しそうな気配だ。
「ま、今から帰るけど」
『分かった。接続して待ってるから』
 和弘は電話を切り、ため息をついた。
(チャットの方で少し虐めてやらんといかんか)
 あまり焦らしすぎると、時折恵理香が素に戻って怒りを見せることがある。そうしたときは一度達っした後、恵理香の痴態や変態嗜好を指摘してやると、恵理香は恥じらいながらも興奮するのが常だ。
(なんだか、こっちが状況をコントロールされてる気がするなあ)
 そんなことを思い、和弘はふと足を止めて夜空を見上げた。
「まあいいか」
 和弘はそう呟くと、足早に家へ向かった。