2chMCスレッド

2chの「MC・催眠系総合スレ」をまとめてます。
Love needs will - 2chMCスレッド

Love needs will

目の前が真っ白になった。それは女を抱いたからではなく、上空に現れた巨大な火炎玉が現れたことによって目が眩んだからだった。

「お前には催眠の力がある! なのになぜ使わない!?」

 分かっていたことだった。僕は彼に、勝てない。

「お前は有り余る力を持ちながら、それを使うことにためらいを感じている。なぜか? お前には意志がないからだ! 世界を変革しようという、意志が!」

 世界を、変える――僕が?

「僕たちには例外的な力がある。だがそれを使えないのでは宝の持ち腐れと言うやつだ。お前が本気を出せば、僕を自殺に追い込むことだってできるのだろう? だがお前はそれをしない。意志薄弱だからだ。そんな人間は生きていく価値すらないのだ。消えろ!」

 巨大なエネルギー弾が僕にぶつかる。今度は、白が永続的に続くような気がした。

 それは、僕の死が近づいているからだった。

「……目が覚めたのね。よかった」

 目が覚めた時に初めて感じたのは、目の前の女性の瞳の美しさだった。澄んだ蒼は、その金髪に良く似合っていて、自分が軽蔑しているレイシストにでもなった気分だった。

「僕は、生きているのか」
「ええ、私が助けました」

 にこり、と微笑んだその顔は、遠い昔に見た母親のものと似ていた。

「僕は……いったいどうなって」
「この山のふもとに仰向けで倒れていました。能力者と闘っていたんでしょう?」
「山? ここは山なのか」

 意識がはっきりとしてきた。あたりを見回すと、一面が木だった。木の独特の匂い――。

「ここは丸太小屋なの。私たち、2人でここに暮らしているんです」
「私たち?」

 その瞬間、その少女は音もなく現れた。文字通り、なんの気配も感じなかった。

「ただいま、ママ。――その人は誰?」

僕は開いた口が塞がらなかった。彼女がテレポーテーションしてきたからではない。自分以外の――いや、自分と奴以外の――能力者に出会ったことが久々だったからだ。

「彼、山のふもとに倒れていたの」
「ふうん」

 彼女は母親――ママと呼んだのだから間違いではないだろう――とよく似ていた。異なっていたのは背丈と肌のつやと髪型ぐらいで、他は母親をそのまま小さくしたような感じだった。彼女は母親譲りの蒼い眼で僕を見た。いや、見下した。

「あなた、能力者でしょう? まさか私たちに、厄介ごとを持ち込んだんじゃないでしょうね」
「こらシンディ。そんなこと言わないの」
「だって――今までの能力者はみんなそうだったじゃない。能力の研究だとか、見世物にするとか、身売りだとか――まともな連中が接触してきたことなんてなかった」
 彼女はその美しい眼の奥に鬱蒼とした闇を抱えて言った。

「すぐに出てってちょうだい。私たちはおもちゃじゃないわ」
「すまない……僕はそういうつもりじゃ」
「いいんです。もう少しここにいて。この子ったら、学校に通っているのに協調性なんてまるでないんだから」
「ママ!」

 彼女の気恥ずかしそうな叫びは耳に入らなかった。「学校」という単語が、僕の意識を捉えて離さなかった。

「学校って、あの学校?」
「ええ、あの学校です」
「言いふらしたりするんじゃないわよ」

 彼女が牽制するのも無理はない。能力者が「迫害」されてからというもの、それまであった教育の権利というものは能力者にとってのみ破棄された。彼女たちは――学校には通えなくなったはずなのだ。

「そんなことはしない――でもなぜ」
「隠しているのよ――能力者であることを」
「……」

 安直な手だった。教育を受けたいと望む子供たちが、最初に思いつく愚策と言ってもいい。

「……私の能力はテレポーテーションだけ。誰にも危害は加えないわ。どうせ移動でしか使えないんだから、それを制限すれば一般人と同じ。ただのかわゆい女の子」

 彼女は自嘲的に笑ってみせた。僕は言葉を探したが、うまく出てこなかった。

「学校はあなたが倒れていたふもとにあるんです。そこまで通うのも大変なんだけどね」
「毎日、山を下りてるのか」
「そうよ。能力を使えば一瞬だけどね」

 そんな苦労をしてまで、今の学校に通う意味なんてあるのだろうか。学校なら他にいくらでもある。

「……転校したらどうなんだ」
「あんたには関係ないでしょう。とっとと出てって」
「……明日になれば痛みも引くでしょう。今日はゆっくりなさって」
 
 彼女――シンディが甲高い声を上げた。

「ママ。正気? この小屋には仕切りも何もないんだよ? あるのは暖炉とトイレと、少しの服と布団、水の貯蔵庫だけ。こいつが見ている前で、裸で水浴びをしろって言うの?」
「……シンディ」

 そうだ。こんな山小屋では、プライベートな空間などありはしない。そういった面でも、暮らしづらいだろう。

「ぜっっったいに嫌よ、今すぐ追い出して」
「すぐに眠る。朝まで起きない」
「嘘よ、そんなこと言って覗くんでしょう」
「シンディ、お客様を信用して」
「お客様、ですって? いきなり現れた得体の知れない能力者が、お客様? ママ、どうにかなっちゃったんじゃないの?」

 母親は、困った顔をして笑った。

「何かをしそうになったら、能力で止めるわ」
「あのねえ――」

 シンディは何かを言いかけたが、諦めたのか黙り込んでしまった。

「……さっさと寝なさいよ、変態」

 深夜、尿意を感じて目が覚めた。ぼんやりとした意識の中でも、痛みが引いているのがわかる。

「……確か、トイレはあるって言ってたな」
「トイレは曲がって左です」

 まるで待ち構えていたかのように、母親が声をかけてきた。実際、彼女は待ち構えていたのだ。

「……ありがとう。痛みも引いた。君は治癒能力者?」
「……まぁそんなところね。他にもいろいろあるけれど」
「色々って?」
「ふふ、内緒。そう言えば、まだ名前を訊いていなかったわね」

能力者は名を知られることを非常に恐れる生き物だ。それは、常軌を逸した存在者である能力者が、矮小な人間の「迫害」を恐れていることの証拠だった。

「……偽名でも?」
「いいえ。あなたの本当の名前を」

 僕はまっすぐに彼女を見た。温和な表情の奥に、確固たる意志が感じられた。

「お前には意志がないからだ! 世界を変革しようという、意志が!」

 奴の言葉を反芻する。意志、か。

「……コサインだ。君は?」
「ブライトです。よろしく」

 僕はその微笑みを見て、本名を明かしてよかったと感じた。僕も結局、安直な男だ。

「さてコサイン。今みたいに正直に教えてほしいのだけれど」
「うん?」
「あなたさっき、シンディの裸を見たわね?」
「見てない」

 即答した。

「……別に糾弾しようとしてるんじゃないの。真実を言って」
「言ってる。見てない」
「そう。あの子のお尻、どうだった?」
「ありゃ安産型だ」

 また即答した。

「やっぱり見たのね」
「い、いや――ふ、服の上から見たんだ。服の上からでも、尻の形ぐらいわかる」
「あの子はあなたにお尻を向けなかった。着替えの時以外はね」
「ああ……」
「大丈夫よ。あの子は気づいてない」
「……なぜそれを聞いた。僕を締め出すためか」
「いいえ――ただ欲情したか訊きたいだけ」
「え?」

 ブライト――この母親は、何を言ってるんだ?

「なんでそんなこと」
「欲情したのなら――私の代わりに彼女と一緒に暮らしてほしいの」
「どうして? 君が出ていくのか」
「私の命はそう長くない」

 目の前が一瞬揺らいだ気がした。

「病気――なのか」
「まぁそんなところね。彼女をこんなところで1人にはできない」

 それはその通りだ。こんな山小屋で――彼女1人では生きていけない。けれど。

「だからってなんで僕なんだ」
「あなたも能力者だから、シンディに対する理解はあるでしょう。あなたなら、信用できる。わかるの。全部ではないけれど、他人の考えていることがね」
「それが、君の能力?」

 能力者の中には、「感知タイプ」と呼ばれるものが存在する。2種類に大別され、読心を得意とするタイプと、相手の能力を把握するタイプがいる。

「君は、読心タイプか」
「両方よ。だからあなたの能力もわかる。あなたの能力は、催眠」
「……」

 ブライト――もし敵であるならば、真っ先に殺していただろう。

「そんな物騒なこと言わないでよ」

「……すまない。でも僕じゃ無理だ。彼女を養えない」
「貯蓄ならあるわ。あの子に必要なのは、親であり、恋人」
「恋人……? 僕に恋人になれって?」

 彼女はせせら笑うようにして僕を見た。

「あの子に何度言い聞かせても、転校を嫌がるの。なぜだと思う?」
「友人がいるんじゃないのか」
「……好きな人がいるのよ。それも『普通の』人」
「……」

 暖炉の火が、緩やかに音を立てた。

「あの子に――彼にこの恋愛は無理よ。私たちは――違いすぎる。諦めさせなきゃならない。分かるでしょう? ねぇ」

 僕は遠い昔の恋愛を思い出していた。僕だって、「普通の」女の子に恋していた時代があった。

 僕は盗み見たシンディの裸を思い出した。雪のように白い肌。健康的で華奢な背中。そして、ふっくらと丸い尻。

 欲情しないわけがない。

「欲情するかどうかで一緒に暮らすか決めるなんて異常だ」
「だって、レスになるのなら彼女は恋を諦めないでしょう」
「だからって無茶苦茶だ。彼女の意志はどうなる」
「私には時間がないの」
「……分かったよ、じゃあ言うけど」

 半ばやけだった。こういう告白の仕方は最悪だ。前にもそういったことがあった気がする。ああ、あれは夢香に能力者であることを告白した時だ。

「僕は――その――インポテンツなんだ」

 ブライトはにっこり笑って言った。

「知ってる」

「もう1度聞くけど」

 トイレから戻った僕は、すでに下着姿のブライトに訊いた。

「本当にするの?」
「ええ」

 相も変わらない、屈託のない笑顔。

「うまくいかないと思う」
「それを確かめるためには、やってみなきゃ、大丈夫、傷ついたりしないわ」

 そう言い終わる頃には、彼女は全裸になっていた。経産婦にしては理想的な身体を保ってはいたが、やはりしわやシミを完全には隠せはしなかった。

「脱いで」
「寒い」
「いいから」

 僕も全裸になった。縮こまったそれは、やはり起き上がる気配がない。

「どう?」
「やっぱり、だめみたいだ。すまない」

 そもそも、こんな話自体がおかしいことなのだ。僕は奴と闘っていただけなのだ。それがなんで行き倒れた家の娘と暮らすことになっているのだ。

「のだ。のだ。のだってやめてよ」
「心を読まないで」
「してみましょう」

 そう言うと、ブライトは僕の頬に手を触れた。暖かい。

「キスして」
「シンディに悪い」
「今ここで断ったら、私に悪いわ」
「卑怯だ」
「女の子って、みんな卑怯なのよ」
「……知ってる」

 彼女の唇に触れた。それを皮切りに、彼女の舌が僕の口内へと侵入し、蹂躙する。しかし、僕のは反応を示さない。

 十分ほどは経っただろう。ブライトは僕の股間を盗み見て、触ってみましょうか、と言った。

「君に魅力がないわけじゃないんだ――でもできない」
「まだすべてを試したわけじゃないわ」
「待って」

 僕は、彼女がなぜここまで躍起になっているのかが分からなかった。

 彼女のほそい腕が僕の股間に触れた。ゆっくり、ゆっくりと上下に動かす。それでも、彼女の手の中にすっぽりとはまったままだ。

「……なぜ」
「死期が近い人間は、誰でもこうなる。知ってる? 未曽有の事態が起きた時――地震や津波といった、命の危機――人間って性欲が増すんですって。きっと本能ね」
「……自分のため? だとしたら、僕を選んだのは完全な間違いだ」
「私は間違いだなんて思ってない。たとえ行為ができたって、愛情のない人がどれだけいると思う? あなたは私たちを愛そうとしてくれている」
「……できなきゃレスになる。そう言ったのは君だ」
「……そうね」

 彼女は僕のを口に含んだ。気持ちがいい。けれど、反応しない。

「そもそも、僕は性経験が豊富な方じゃない」

 彼女は上目遣いのまま、ゆっくりと僕のを舐めている。

「昔、好きな女の子がいてね。シンディみたいに、『普通の』子だった。その子としたぐらいだ。それも催眠で。サイテーだ」
「……」

 そうだ。僕の心の中で名案が浮かんだ。いままで考えつかなかったのが馬鹿みたいだ。

「なぁブライト。シンディのその、彼のことだけど」

 そうすれば、なにもかも円満じゃないか。

「ダメよ」

 彼女には、僕の思考が読まれている。でも、それしかなかった。

「僕は、彼女の恋人になるには年が行き過ぎてる。不釣り合いだ。それに、シンディがそこまで強く想っているなら、そうしたって罰は当たらない。喜んで協力する」
「いつか――あなたの支配が解ける時が来たらどうなるの? 彼はすべてを知り、私たちを恐れるかもしれない。そして行き着く先は――」

 迫害。

「……」
「出来るだけ正当な手段で一緒にいられる人の方がいい」
「僕は無理だ」
「あなたが暮らしてくれるなら、シンディに催眠をかけてもいい」
「そんなことできない。なぜそれを許可するのに、彼には許可しないんだ」
「能力者と一般人。その隔たりは絶対的よ」
「……」

 気が付けば、彼女は僕のものから口を離していた。さっきよりもっと、うまくいく気配はなかった。

「……明日の朝にでも、シンディに催眠をかけて、シンディとなら、うまくいくかもしれない」
「若い身体だからとか、そういう問題じゃないんだ。もっと根本的な――」
「やってみて、お願い」

 まただ。また、強い意志が漲る瞳。

「……僕が彼女を強姦したらどうする。殺してしまうかもしれない」
「あなたはそんなことしない」
「確かに今の僕はそうかもしれない。けれどその時になってみなければ分からないだろう」
「じゃあ試してみるってこと?」
「……なんで僕なんだ」
「あなたしか頼れない。父親はいないの。能力者同士の諍いに敗れて死んだ」
「……」
「……昨日あなたを見た時――すでに動かなくなっていたあの人を思い出したわ。シンディと一緒に暮らすという目的が出来れば、あなたも彼を諦めるでしょう」
「彼、って?」
「対決していた、彼。思考を読む限りでは、あなたの昔の恋愛に関連している?」
「……」

 彼女は服を着始めた。パンツを手渡される。
「……シンディに催眠、考えておいて」

 強烈な眠気が襲った。眠って、もう二度と目を覚ましたくない。

「なに? 話って」
「ほら、自分で言えよ」
「絶対に言わない」
「言えって」
「言わない」
「2人して、なんなの? 私、忙しいんだけど」
「あ、待って。夢香」
「こいつはなぁ、夢香。普通とは違うんだ」
「どういうこと?」

 もう引き下がれない。

「言うよ――僕は能力者なんだ」
「ずっと――隠してたの?」
「サイテーだろ」
「……」
「……もう、近寄らないで」
「待ってくれ、違うんだ」
「……これで、夢香は僕のものだ。能力者なんつーのにろくな奴いやしねえんだ、とっとと学校から出ていけ」

 僕は感じていた。彼にも、能力の予兆があるということを。

「ママ、どこ? ママぁーーーー!」

 自分が能力を制御できないのは分かっていた。気が付いたら見慣れない景色の住宅街にやってきていた。

「ママ、助けて、ママ!」

 訳が分からなかった。お腹もすいていた。心細かった。

 その時、母親と手を繋いだ男の子が目に入った。

「あらあら、迷子? お嬢ちゃん、名前は?」
「シンデ――」

 まずい。ママに本名はいけないと教わっていた。

「リム」
「そう。この辺では見ない子ね。外国から来たのかしら? おうちはこのあたり?」
「わかんない……」
「じゃあ、一緒に探してやるよ!」

 男の子が、快活な笑顔を見せた。

「一緒に行こう、ほら!」

 手が差し伸べられた。

 これが私と彼の、最初の出会いだった。

 ママがあいつを起こして来てって言うから、仕方がないけど行かなきゃならない。見ると、布団の上で正座していた。

「……おはよう」
「起きてたの」
「最近、夢見が悪くてね――君も早起きだね、シンディ」
「気安く名前、呼ばないでくれる? あとその名前、絶対外では言わないでよね」

 寝起きのこいつは少し、辛そうだった。でも同情なんてしない。私だって、嫌な夢を見たんだから。

「……約束よ。今日出てって」
「ああ、そのつもりだ」

 ぱっと見傷も癒えてるみたいだし、問題はないでしょう。どこで何をしてたのかは、知らないけど。

「……お世話になりました」

 ママに馬鹿丁寧にあいさつをする。ママは少し寂しそうな顔をしたけれど、にっこりといつもの笑顔を見せた。

「また、いつでも来てね」
「もう二度とくんな」
「ああ」

 ママが何か――目くばせしたような気がしたけれど、きっと気のせいでしょう。変な奴が現れると、いろいろとかき乱されてしまう。

「……本当に山を?」
「降りるしかないでしょう」
 外は快晴だった。数十分かけて下りれば、学校が始まる時間には間に合う。

「本当に能力、使わないの?」
「そうだって言ってるでしょ、しつこいわね!」
「……宝の持ち腐れ」
「え?」
「特別な力も、使わなければ宝の持ち腐れだって、友人が言ってたんだ」
「ふうん。じゃあそのあんぽんたんの友達に言っといて」

 自分の生活を危険に晒す力なんて、宝じゃない。

「その通りだ」

 ほんとに、変な奴。

「……本当にありがとう」
「べっつに。私何もしてないし」
「お母さんにも、よろしく言っておいてくれ」
「はいはい」

 これでいつも通りの日常が戻ってくる。能力のことなんて忘れられる、いつも通りの――。

「優馬!」

 不機嫌だったシンディの顔が、一瞬にして晴れ渡る。それは彼女が彼を見つけたからで、それが彼女の想い人だからであった。

「おう」

 シンディの反応とは対照的に、優馬青年の反応は薄い。どこかシンディを煙たがっている。

「一緒に行こう」
「……その男は?」
「ああ、ちょっとした知り合い。でもいいの。いこ」

 シンディは僕に目くばせをして、前を歩きだした。見ると、すぐ目の前が校門だった。壁にもたれながら、ビラ配りをしている青年が見えた。

「能力者は絶対掃討! 能力者は絶対掃討!」

 その掛け声が、耳に入らないわけがなかった。

「えーっと、このチラシは?」
「あなた誰ですか。部外者を校内に入れるわけには――」
「ああ、保護者です。この学校の生徒の」
「ああそうですか。これ、見ての通りですよ。最近、この学校に能力者がいるんじゃないかっていう噂が流れてまして。能力者が学校にいるなら、それは法律違反ですから。こうして啓発しているわけです」
「啓発――ねぇ」

 そのチラシには、掛け声通り「能力者は絶対掃討!」とでかでかとした赤い文字で書かれていた。

 シンディとブライトが、危険だった。

「……あら、帰ってきたのね」

 ブライトは、相も変らない笑顔で僕を迎えた。

「シンディが危険だ。君も」
「ええ、分かっています」

 ブライトの目には光が宿っていた。覚悟の、光。

「……だからこそ、シンディに強い催眠をかけてほしかったのだけれど?」
「強い催眠――」

 それはつまり、強制的に発情させて僕を恋人だと思い込ませ、学校のことも優馬青年のことも忘れさせようということだ。

「……でも」
「あなたならできる。私には時間がない。お願い。あそこにいたらシンディが死んでしまうかもしれないのよ」
「ここまでだって聞いてなかった」
「言ったってあなたの決意は固まらないでしょう。現に今だって」

 俺が催眠をかければ、シンディの命は救われる。僕はここで、2人仲睦まじく暮らせばいい。僕は彼との対決を諦め、ここで死ぬまで暮らす。何度か試しているうちに、勃ちはじめるかもしれないし。子供をつくったっていいかもしれない。

 それでいいのか?

「酷なことを言うけれど――あなたは彼には勝てない、絶対に」
「……なぜ?」
「催眠は元々、戦闘向きの能力じゃないでしょう。相手に不利な状況を差し向けるくらいしか方法がない。けれどあなたにはそれができないんでしょう? かつての友だから」
「……」
「シンディが死に、あなたも死ぬ。その未来が分かっていて、私がそちらを選択してなんて言うわけないでしょう。お願い、シンディと一緒にここに残って」

 かつての――友。

「僕は奴と、決着をつけなきゃならない」
「……そのために、シンディを犠牲にすると?」
「その問題にも、ケリをつけるよ」
「待って」

 ブライトが僕の腕にしがみついた。

「『離せ』」
「あ――」

 ブライトの瞳が一瞬虚ろになった。手が離れる。

「今、能力を使ったのね」
「ああ」
「ひどいわ」
「好きなだけ軽蔑してくれ」
「……たとえあなたがどんなことをしても、私はあなたを嫌いになれない」
「たった1日前に出会っただけだ」
「それでもよ」

 彼女の唇が、僕の頬に触れた。

「……愛してる」
「……僕もだ」

 この世には、むなしい恋愛が腐るほど詰まっている。たとえ人の感情を操れても、恋愛それ自体を支配することなんて誰にもできない。

 そうだよな、夢香?

 放課後、僕はシンディの学校に出向いた。何度も山を上り下りするのは、身体にこたえる。

「入れてほしいんですが」
「あなたは?」
「保護者です」
「ああ、じゃあ入門表に記載をお願いします」

 用務員に小さな白い紙を見せられる。残念なことに、僕はシンディの偽名を知らなかった。
「ちょっと分からないんですが」
「分からない? 一体何を――」
「『入れてください』」
「あ――」

 能力者は絶対掃討、か。こんな侵入方法は、誉められたものじゃないだろう。けれど、どちらにしろ僕は彼に力を使うつもりでいた。それしか、僕たちが幸せになる方法はない。

 シンディは彼を、「優馬」と呼んでいた。けれど、それ以外の情報はなかった。ゆうまなんてこの国ではありきたりな名前だし、校内に何人かいても不思議じゃない。

 彼が何年生で何組かぐらい、訊いておけばよかったのだ。振り切るようにしてブライトを拒絶したことを、少しだけ後悔した。

 人相を覚えていたのは幸いだった。これしか、真実へとたどり着く道はなかった。

『背が高くて、栗色の瞳、髪をワックスで立たせている優馬君って知ってる?』
「あ、もしかしてそれって3年の立川先輩じゃないですか?」
『何組か分かる?』
「多分、1組だったと思います」
「ありがとう。あ」

 僕は大切なことを思い出し、また力を使う。

『金髪蒼眼の女の子がいるだろう。何年何組の何て名前かな』
「1年4組の皆山ライちゃんでしょう。みんな知ってますよ。あの子、目立つし」

 ライ。なるほど彼女の金髪は雷を連想させる。けれど、命名の理由はそっちじゃないはずだ。

 嘘をつかなきゃ生きていけない。彼女はそのことに――僕以上に、自覚的なのだ。

運のいいことに、教室に入ると彼だけが残っていた。携帯電話の小さな画面を、じっと見つめている。

「……いつ先生が来るとも分からないのに、大胆だね」
「あんたは朝の。俺に何の用です?」

 すました顔の優馬。なるほど、よくもてるタイプだ。

「ちょっと訊きたいことがあってね」
「今はそれどころじゃないです。皆山に関する大事な情報が手に入ったんで」

 皆山。シンディのことだ。シンディは彼を優馬と呼ぶのに、優馬は「皆山」だ。もう、勝負はついている気がした。

「大事な情報って?」
「あんたには教えられませんね。けど、あんただって分かっているんじゃないですか?」

 人を小馬鹿にしたような笑いだった。こいつ、気づいているのか。

「だからこそあんたは、今朝護衛として俺たちの前に現れた。違いますか」
「今朝一緒になったのは全くの偶然でね。護衛って、なんのことだい」
「皆山ライ。奴は能力者だ」
「……!」

 もう、近寄らないで。夢香の言葉が頭の中で鳴り響いている。

「俺の友人に、そういうのに詳しい人がいてね。そこからのリークです」

 感知タイプが、学校の中に紛れていたのか。そいつ自身も、「掃討」される恐怖に怯えているはずだ。自分が発見される前に、生贄としてシンディの情報を流したのか。

 汚い真似をする。

「……どうするつもりだ」
「もちろん、警察に突き出すつもりです。あいつはただの犯罪者だ。大体、最初からウザかったんですよね、ベタベタくっ付いてきて。俺のことが好きなんでしょうけど、異常者の彼女なんて願い下げだ」
「なんだと……?」
「だってそうでしょう。能力者が学校だなんておこがましい。犯罪者予備軍と一緒に生活なんてできっこない」

「……もう一度」

 勝手に足が動いていた。これほど強い憎しみを抱いたのは、あの時以来だった。

――能力者なんつーのにろくな奴いやしねえんだ、とっとと学校から出ていけ。

「もう1度言ってみろ!」

 僕は、優馬の胸倉をつかんでいた。その時だった。

「やめて!」

 シンディが教室内に駆け込んできたのは。

「皆山……分かってるんだぞ、お前のことは」
「うん……いずれ、こうなることは覚悟してたつもりだった」
「こんな奴の言うこと真に受ける必要ない、シンディ! 僕が今すぐにでも――」

 すぐにでも――どうするつもりなんだ?

 殺すのか、催眠をかけるのか。

あなたも能力者だから、シンディに対する理解はあるでしょう。あなたなら、信用できる。わかるの。

 ブライト――彼女はもしかすると、こうなることを予見していたのかもしれない。

「僕は君の理解者だ。さあ、こっちへおいで。君の望む世界を見せてあげよう」
「嫌。余計なことはしないで。私は――私の気持ちをちゃんと、伝えたいの」
「……」

 優馬は僕たちのやり取りを冷めた眼で見ていた。シンディが前に出る。徒労だということは、分かり切っていた。

「優馬――」

「私は――初めて会ったときから、あなたのことが大好きでした。あなたを追いかけて、追いかけて――やっと同じ場所にたどりついたの。能力なんて関係ない。これからは――あなたのパートナーとして、一緒にいたい。私と、付き合ってください」

 優馬は告白の間、ずっとシンディを見ていたが、微塵も心が動いていないようだった。それも仕方のないことだった。

「……自白したな」
「え……?」
「やはりお前は能力者なんだ! それ以上近寄るな、バケモノめ! すぐに校長に、いや、警察に突き出してやる!」
「や、やめて……」

 勝気な彼女からは想像もできない弱気な声だった。シンディは、泣いていた。

「やめろ」

 かつてないほどの意志が、僕の中に渦巻いていた。

『やめろ』
「あ――」

 優馬の手が止まった。虚ろな瞳のまま、虚空を見つめている。

「やめて! 優馬に変なことしないで」
「そうしなければ、君の生活は終わってしまう」
「それでもいい」
「彼は、君を愛していない」
「分かってる」
「僕の力なら、変えられる」
「そんな力、いらないよ!」

 シンディはそう叫ぶと、教室から走り去ろうとした。

「『止まれ』」

 ブライト、すまない。

 僕は止まったままのシンディの肩を叩き、誘導した。

『さあ行こう。楽園が待っている』
「はい」

 僕は静止している優馬に、催眠を強める。

『この学校に能力者なんていない、いいね?』
「はい、この学校に能力者なんていません」
『君はライのことが大好きだ。今すぐ彼女を抱きたくて仕方ない』
「お、俺は――」

 シンディも、口をぽかんと開けたまま虚空を見つめている。可愛らしい口元から、涎が垂れていた。僕は手でそれをすくい上げると、シンディに語りかけた。

『シンディ……君がずっと秘めていた想いを爆発させるんだ。今の君を――邪魔する者は誰もいない』
「はい」

 力なくそう答えた後、シンディは僕に向かって静かに微笑んだ。

「ありがとう」

 催眠の力なんかじゃない。彼女の、意志だ。

 なんて儚い笑顔なんだろう。自分がかけた想いをそのまま返してくれればいいのに。それだけで、人々は幸せになるのに。

 世界は、それを拒絶する。

「ゆうまぁ」

 甘えた声を出しながら、シンディは優馬に抱き着いた。優馬もそれに応え、激しい口づけをかわす。拾われきれない唾液が、獣たちの宴の象徴だった。

「ライ……ライ……」

 嘘の愛情。催眠を用いた以上、そうかもしれない。けれど、彼女には意志がある。抑えつけてきた、悲しい意志が。

「シンディって、呼んで」

 ブライトは僕の催眠が解けることを心配していた。けれど、僕のこの強い憎しみがある限り、何があっても催眠が解除されないことを知っていた。

 ああ、こうすればよかったんだ。

 この気持ちを携えていれば――僕は彼に負けない。

 優馬がシンディの服を脱がし始めていた。山小屋で確認できなかった形の良い胸が露出する。男の性欲を掻き立てる最高の肉体だった。子供らしい白いブラとパンツが、ギャップを誘った。

 優馬がシンディの胸を触り、シンディは遊馬の股間を貪るように扱いていた。次の瞬間には、下品に舌を垂らし亀頭に口をつけ、激しく上下に動かしている。

「優馬のおちんちん、おいしい……」
「シンディの胸、大きくて素敵だよ――」

 僕は自分で気づいていた。僕の股間が、痛いほど勃起している。自分が行為に及ぶときには全く反応を示さなかったのに、他人のセックスを見て僕は興奮していた。それは、相反する感情を無理やりに捻じ曲げて自分の支配下に置いた達成感からくる興奮だった。

 夢香を抱いた時と同じだった。

「好きっ、好きっ、好きだよ、リック!」
「愛してる――ずっと、一緒にいて――」
「私のすべてを――あなたに捧げます」

 夢香の声が再生される。あれは、何年前の出来事だっただろう。今、十数年の時を経て、僕の催眠によって、同じセリフを囁いている少女が一人。

「好き、好き、好きだよ、ゆうまぁ!」
「俺もだシンディ、愛してる」
「ずっと、一緒にいて――」
「俺のすべてを、君のために捧げる」

 気が付けば、興奮しきった2人は前戯もそこそこに挿入していた。処女の証である鮮血が、シンディの命から流れ出していた。上も下も繋がっていた。2人に理性などなかった。僕だけが、2人を遠い目で見つめていた。

 股間が痛んだ。夢香のことを思い出していた。雄と雌の、卑猥な匂いが教室に充満している。

 邪道だ、と世界から声がした。

 だって僕たちは、世界からのはみ出し者だろう?

「いくっ!」

 優馬がシンディの膣内に放出した。シンディは、今までに見せたことのない恍惚の表情をみせ、余韻に浸っていた。

 僕の選択を、誰も咎めることなどできない。その権利があるとすれば――。

「すまない。なんなら、僕を殺してくれても構わない」
「……殺せるわけないでしょう」
「でも――僕は君の望まない方向に、世界を動かした」

 ブライトはいつも通り、にっこりと微笑んで言った。

「いいわ。だって、シンディが嬉しそうなんですもの」
「催眠が解けない自信はある」
「彼に勝利するってこと? 勝算はあるの」
「まあ、ね」

 心を読んだのだろう。少し寂しそうな眼をして、僕の肩に手を置いた。

「憎しみで勝利してほしくなんてなかった」
「人生こんなはずじゃなかった、ってよく思うよ」
「……私ね、不死鳥の力を持っているの」
「不死鳥? でも君はもうすぐ死んでしまうって」
「この命はもうすぐ終わりを迎えようとしている。けれどまた、0歳から人生が始まる」

 面食らって動けなかった。そんな能力者なんて、聞いたことがない。

「この人生で、最後に出会えたのがあなたでよかった」
「……僕もだ」
「あなたはもっと、この力をいい方向に使うべきだわ」
「うーん、例えば?」
「サンタはどう? 子供たちを信じ込ませて、プレゼントを配るの」

 サンタ。サンタか。世界が憎くて憎くて仕方がない僕が、サンタ。

 皮肉なことだ。

「それは名案だ。子供になった君に、プレゼントを渡しに行くよ」
「……待ってる。あら、来たみたいよ」

「生きてたのか、リック! 今度こそ殺してやる!」
「生憎、死ねない理由ができた」

 朝を告げる太陽がまぶしい。今度は負ける気がしなかった。

 僕には、意志がある。

 生きていく、意志が。